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J-KISSとは?仕組み・使い方を弁護士がスタートアップ実務目線で解説

J-KISSとは、Coral Capitalが公開する新株予約権型の投資契約ひな型で、シード期のスタートアップが株価を後回しにして機動的に資金調達を行うためのスキームです。

今回は、シード期の資金調達でよく使われているJ-KISSについて書いていこうと思います。よく使われている割に、いざ使ってみると「他のスキームと何がどう違うのか分かりづらい」「バリュエーションキャップ(Valuation Cap)ってどうやって決めれば良いのか」「後で優先株式に転換されるとき、結局どうなるのかイメージがつきづらい」といった声はよく聞くところで、なんとなく雰囲気で使っている方も多いのではないかと思います。

私自身、スタートアップ・VC向けの投資契約対応を年間数十件単位で担当していますが、J-KISSの相談も体感的にはここ数年でぐっと増えました。そこで今回は、J-KISSの仕組みそのものと、他のスキーム(優先株式やCB等)との使い分け、そして実務でここだけは押さえておいた方が良いポイントを、私の実感も交えつつ整理してみたいと思います。

J-KISSの位置づけ〜スタートアップのエクイティファイナンスの主要スキーム

要点: J-KISSはCE型新株予約権(Convertible Equity)に属し、スタートアップのエクイティファイナンスの主要スキームのうち「株価を後回しにする」設計が特徴のスキームです。

まず、J-KISSがどの位置にあるのかを掴んでもらうために、スタートアップのエクイティファイナンスで今使われている主要なスキームを並べてみます。ざっくり以下の5つです。

スキーム 概要
普通株式 最もシンプル。特別な権利設計なし
みなし優先株式 法的には普通株式として発行し、将来的に優先株式に転換する建付け
優先株式 種類株式として法的にも優先権を持つ株式
CE型新株予約権(J-KISSはここに含まれます) 発行時は新株予約権で、後で株式に転換する
CB(新株予約権付社債) 社債+新株予約権のセット

J-KISSは、この中の CE型新株予約権(Convertible Equity)に属します。「発行時点で株価を確定させず、後の資金調達ラウンドで株式に転換する」というのが最大の特徴ですね。

なぜCE型(J-KISS)が使われるようになったか

シード期のスタートアップにとって、投資家との株価交渉って結構な負担なんですね。バリュエーションを固めるのに時間がかかりますし、優先株式で調達しようと思うと発行手続もそれなりに複雑で、専門家に頼まないとまず無理です。

そこで、株価を後回しにして、まず先にお金を入れてもらおう、という発想で設計されたのがCE型で、その中でCoral Capitalさんが公開しているのがJ-KISSのひな型です。ひな型が無償で公開されているので、そのひな型のまま使うなら交渉はほとんど不要とされていて、個人的にはこれがJ-KISSが広く使われている最大の理由だと思います。

J-KISSの基本の仕組み

要点: J-KISSは①新株予約権として発行 → ②適格資金調達時に株式へ転換 → ③転換価額はディスカウントレートとバリュエーションキャップで決定、の3ステップです。

J-KISSの仕組みは、大枠で見るとシンプルで、次の3ステップです。

① 発行時点:新株予約権として発行

まず会社の側で、投資家に対して新株予約権を発行します。投資家はこの新株予約権に対してお金を払い込むことになります。ここではまだ株式は発行されません。

② 適格資金調達時:株式へ転換

その後、「適格資金調達(Qualified Financing)」と呼ばれる一定金額以上の株式による増資が実施された場合に、J-KISSが株式に転換されます(契約書上では「次回株式資金調達」と定義されています。)。ひな型では、この「適格資金調達」の金額のハードルが定義されていて、通常は次のシリーズA調達などがこれに当たることが多いです。

転換される株式の種類(普通株式なのか優先株式なのか、あるいは別枠の優先株式なのか)は、実は誤解の多いところで、次のラウンドで発行される株式の内容次第で変わります。詳しくは後述の「J-KISSが転換される株式の種類はどうなるのか」でまとめて解説します。

③ 転換価額の決定

転換される際の1株あたりの価額は、次の2つの条件で決まります。

  1. ディスカウントレートによる割引後の価額
  2. バリュエーションキャップによる上限価額

このうち、実際にJ-KISSが転換されるときは、大半のケースでバリュエーションキャップ側の金額が適用される、というのが実感です。

転換の方法

転換の実行方法自体は2種類あります。

  • 投資家に新株予約権を行使してもらうパターン(通常はこちら)
  • 会社が強制的に取得するパターン

強制取得だと転換までに時間がかかるので、実務上は投資家に行使してもらう運用の方が主流です。但し、行使の場合、新株予約権1個あたり1円の払込みが必要になる、というのは細かいですが忘れがちな運用上の留意点です。

J-KISS発行時の2つの重要条件

要点: ディスカウントレート(ひな型の既定値は20%)とバリュエーションキャップ(実務で最も慎重に決めるべき数値)の2つが交渉の中心。実際に適用されるのは大半のケースでバリュエーションキャップです。

J-KISSを発行するときに、投資家との間で必ず決めることになるのが、①ディスカウントレート(Discount Rate)と ②バリュエーションキャップ(Valuation Cap)の2つです。ここが実務上、一番交渉の対象になる部分だと思います。

①ディスカウントレート

ディスカウントレート(Discount Rate)は、J-KISSを株式に転換する際に、そのラウンドの株価が一定の割合で割り引かれる仕組みです。

例えば、J-KISS発行後の適格資金調達で株価が10万円になったとします。ディスカウントレートを20%と設定していた場合、J-KISSの転換価額は、

10万円 × (1 − 0.2) = 8万円

となります。つまり、J-KISSを保有している投資家は8万円で株式を取得できるわけで、リスクを取ってシード期に投資したメリットが反映される、という設計です。

ちなみに、Coral Capitalのひな型では「発行価額に0.8を乗じた額」=20%ディスカウントが既定値になっています。感覚的には10〜20%程度に設定されるケースが多いので、起業家目線ではなるべくディスカウント幅を小さくするように交渉するのが望ましい部分ではあります(ただ、後述するように、こちらよりバリュエーションキャップの方が重要です)。

②バリュエーションキャップ

バリュエーションキャップ(Valuation Cap)は、J-KISSを株式に転換する際に使用する株価(厳密にはその元となる会社の評価額)の上限を定めておくものです。

例えば、バリュエーションキャップを10億円に設定していた場合、その後の適格資金調達が15億円のバリュエーションで実施されたとしても、J-KISSの転換にあたっては10億円を基準にした株価が使われることになります。

先に書いたとおり、実務上、J-KISSが転換されるケースの大半はバリュエーションキャップ側の金額で転換されるパターンです。なので、バリュエーションキャップの金額設定は特に慎重に決めた方が良いです。

J-KISSが転換される株式の種類はどうなるのか

要点: J-KISSは(i)原則としては普通株式に転換され、(ii)次のラウンドで優先株式が発行される場合はそれと基本的に同種の優先株式に転換されます。(iii)但し、優先株式の発行価額とJ-KISSの転換価額が異なる場合には、AA種やA2種といった「同順位だが優先額が異なる」別枠の優先株式が発行されて、そこに転換されます。

前述の「② 適格資金調達時:株式へ転換」で少し触れましたが、実務でよく質問を受ける論点なので、ここでまとめて解説します。

J-KISSのひな型の別紙の要項では、次のように定められています。

本新株予約権の目的たる株式の種類(以下「転換対象株式」という。)は当会社の普通株式とする。但し、次回株式資金調達(第(2)号において定義される。)において発行する株式が普通株式以外の種類株式である場合には、当該種類株式(但し、その発行価額が転換価額と異なる場合には、1株あたり残余財産優先分配額及び当該種類株式の取得と引き換えに発行される普通株式の数の算出上用いられる取得価額は適切に調整される。)とする。

一見ちょっと分かりづらいのですが、ここでは次の3点が定められています。

  • (i) 原則としては普通株式に転換される
  • (ii) 次のラウンドで発行される株式が普通株式以外(通常は優先株式)である場合には、次のラウンドで発行される株式と基本的に同じものになる
  • (iii) (ii)の株式の発行価額とJ-KISSの転換価額が異なる場合には、優先分配額などの内容が調整された別のもの(別枠の優先株式)になる

(i) 原則は普通株式に転換される

投資家側で「J-KISSは確実に優先株式に転換される」と勘違いされている方を時々見かけますが、次のラウンドが普通株式で行われる場合には、J-KISSも普通株式に転換されます

但し、「次回株式資金調達(適格資金調達)」の金額のハードルは、ひな型では 1億円以上と定められていて、そのままの数値で使われることが多く、1億円以上の資金調達となると、実務上は優先株式で行われることが大半なので、結果的にはJ-KISSが優先株式に転換されるケースの方が多くなります。

(ii) 次のラウンドが優先株式なら、それと基本的に同じ優先株式に転換される

ここは比較的シンプルで、次のラウンドで発行される優先株式(例: A種優先株式)の内容がそのままJ-KISSにも当てはまる、という話です。

(iii) 発行価額と転換価額がずれる場合は「別枠の優先株式」になる

ここが少し分かりづらい部分なので、仮想事例で説明します。

前提:

  • 次のラウンドがシリーズAで、A種優先株式が1倍参加型・1株1万円で発行される
  • J-KISSには 20%のディスカウントが適用され、1株8,000円で転換される

A種優先株式は1倍参加型なので、会社の清算時の分配や、M&Aにおける分配において、普通株式に先立って1万円を受け取ることになります(M&Aに関しては厳密にはみなし清算条項が入っている場合に限られますが、優先株式で投資が行われるケースではまず間違いなくみなし清算の規定が入ります。)。

このとき、もしJ-KISSがA種優先株式そのものに転換されてしまうと、J-KISSの投資家は8,000円しか払っていないのに、清算時やM&A時に1万円を優先して受け取れることになります。これでは、J-KISSの投資家に有利すぎますし、そもそも「1倍参加型」とは言えなくなってしまいます。

そのため、こういうケースでは、A種と同順位だが優先額はJ-KISSの転換額(8,000円)に調整した「AA種優先株式」や「A2種優先株式」といった名前の別枠の優先株式を設定し、J-KISSはそちらに転換される、という運用になります。(iii)の但書はまさにこのことを表しています。

J-KISS新バージョンと旧バージョン〜起業家が知らないと結構損する違い

要点: 同じバリュエーションキャップ・同じ投資金額でも、新バージョンは旧バージョンより起業家の希薄化が結構大きくなります(後述の例で+748株分=旧バージョンの完全希釈化後株式数10,000株に対して約7.5%)。

実はJ-KISSのひな型は途中でアップデートされていて、旧バージョンと新バージョンが存在します。両者の違いを知らずに新バージョンをそのまま使ってしまうと、起業家の希薄化が想定より結構大きくなるので、この点は必ず押さえてから交渉に入った方が良いです。

一言でいうと、計算方法だけを比べた場合、新バージョンは旧バージョンに比べて起業家側に不利になっています。以下、具体的にどう不利なのかを見ていきます。

転換価額の計算式(両バージョン共通の枠組み)

まず、J-KISSのバリュエーションキャップに基づく転換価額(1株あたりの金額)の計算式そのものは、旧バージョンも新バージョンも次のとおりです。

転換価額 = バリュエーションキャップ ÷ 完全希釈化後株式数

「バリュエーションキャップ」は投資家と起業家が話し合って決めるので、この点は両バージョンで違いはありません(用語だけ、旧バージョンでは「評価上限額」、新バージョンでは「ポストキャップ(Post-Cap)」となっています)。

両者の違いは「完全希釈化後株式数(Fully Diluted Shares)」の定義にあります。ここが結構分かりにくいところなので、順番に見ていきます。

旧バージョンの「完全希釈化後株式数」

旧バージョンでは、次のシンプルな計算式です。

発行済普通株式の総数(自己株式を除く)+ 普通株式以外の株式等(J-KISSを除く)を普通株式に転換したと仮定した場合の数

※「株式等」=新株予約権など普通株式に転換できるもの

例えば、普通株式が9,000株、ストックオプション(新株予約権)が1,000株分発行されている会社であれば、

9,000株 + 1,000株 = 10,000株

これが旧バージョンにおける「完全希釈化後株式数」です。分かりやすいですね。

新バージョンの「完全希釈化後株式数」

一方の新バージョン、実は超難解な計算式になっています。

完全希釈化後株式数 = 除外完全希釈化後株式数 ÷ (1 − (本新株予約権転換後下限比率 + 同種新株予約権転換後下限比率))

なんだこれ、という感じだと思いますが、一つずつ分解して見ていきます。

分子(除外完全希釈化後株式数)

以下の合計(自己保有分は除く)です。

  1. 発行済みの普通株式および種類株式
  2. 発行または付与済みの新株予約権(J-KISSを除く)、新株予約権付社債、その他当会社の株式を取得できる権利
  3. オプションプール

旧バージョンと比べたときに起業家に不利になるポイントは、3のオプションプールが分子に含まれてしまうところです。投資契約上、例えば10%の範囲で新株予約権を発行できるような内容になっている場合、その分がまるっとカウントされるためです。

分子が増える=完全希釈化後株式数が増える=J-KISSの転換価額が下がる=投資家がより多くの株式を取得する、という関係になります。

分母(1 − (本新株予約権転換後下限比率 + 同種新株予約権転換後下限比率))

  • 「本新株予約権」=計算の対象となるJ-KISS
  • 「同種新株予約権」=他の回のJ-KISS(第2回、第3回など)
  • 「本新株予約権転換後下限比率」=本新株予約権の1個あたりの発行価額に本新株予約権の総数(但し、会社が保有する本新株予約権を除く。)を乗じて得られる金額を、ポストキャップで除して得られる数
  • 「同種新株予約権転換後下限比率」=同種新株予約権の1個あたりの発行価額に当該同種新株予約権の総数(但し、会社が保有する当該同種新株予約権を除く。)を乗じて得られる金額を、当該同種新株予約権のポストキャップに相当する額で除して得られる数をいう。但し、当該同種新株予約権が複数ある場合は、複数の当該同種新株予約権について、合計した数をいう。
  • 実質的には、すべてのJ-KISSの転換分を分母で計算する、と捉えていただいて大丈夫です

旧バージョンはJ-KISS分を無視して「完全希釈化後株式数」を計算していたのに対し、新バージョンはJ-KISS分も含めて計算する、という違いです。分母が1より小さくなる=分数全体が大きくなる=完全希釈化後株式数が増える=転換価額が下がる、というロジックで、こちらでも起業家に不利になっています。

具体的な計算例で比較する

抽象的な話だけだとイメージしにくいと思うので、実際に数字を入れて計算してみます。

前提

項目 数値
発行済み普通株式数 9,000株
発行済みストックオプション 1,000株分
オプションプール 1,000株分
第1回J-KISS 5,000万円(バリュエーションキャップ 5億円)
第2回J-KISS 6,000万円(バリュエーションキャップ 6億円)

(オプションプールは通常パーセンテージで決めることが多いんですが、計算の便宜上、ここでは固定値としています。)

【旧バージョンの計算】

完全希釈化後株式数

  • 9,000株 + 1,000株 =10,000株

第1回J-KISSの転換

  • 転換価額 = 5億円 ÷ 10,000株 =50,000円
  • 転換株式数 = 5,000万円 ÷ 50,000円 =1,000株

第2回J-KISSの転換

  • 転換価額 = 6億円 ÷ 10,000株 =60,000円
  • 転換株式数 = 6,000万円 ÷ 60,000円 =1,000株

J-KISS投資家全員が取得する株式:2,000株

【新バージョンの計算】

完全希釈化後株式数

  • 分子 = 9,000株 + 1,000株 + 1,000株(オプションプール) = 11,000株
  • 分母 = 1 − ( 5,000万/5億 + 6,000万/6億 ) = 1 − ( 0.1 + 0.1 ) = 0.8
  • 完全希釈化後株式数 = 11,000 ÷ 0.8 =13,750株

第1回J-KISSの転換

  • 転換価額 = 5億円 ÷ 13,750株 =36,364円(小数点切り上げ)
  • 転換株式数 = 5,000万円 ÷ 36,364円 ≒1,374株

第2回J-KISSの転換

  • 転換価額 = 6億円 ÷ 13,750株 =43,637円(小数点切り上げ)
  • 転換株式数 = 6,000万円 ÷ 43,637円 ≒1,374株

J-KISS投資家全員が取得する株式:2,748株

差分の可視化

バージョン 第1回J-KISS転換株数 第2回J-KISS転換株数 投資家取得株式合計
旧バージョン 1,000株 1,000株 2,000株
新バージョン 1,374株 1,374株 2,748株
+374株 +374株 +748株(起業家の希薄化増加)

つまり、まったく同じ会社状況・同じバリュエーションキャップ・同じ投資金額でも、新バージョンを使うと起業家は約748株分余計に希薄化するということになります。この例だと、旧バージョンの完全希釈化後株式数(10,000株)に対して約7.5%相当ですね。うへえ、という感じです。

新バージョンの設計思想〜「ポストキャップ」の考え方

新バージョンの用語である「ポストキャップ」は、「J-KISS発行後の企業時価」であり、かつ「次回株式資金調達(適格資金調達)で発行した株式を除いた株式数での投資家の持分比率を算出するための額」と定義されています。

これも、上の計算例で確認してみます。

各J-KISS投資家の持分比率(ポストキャップベース)

  • 第1回J-KISS投資家 = 5,000万円 ÷ 5億円 × 100 =10%
  • 第2回J-KISS投資家 = 6,000万円 ÷ 6億円 × 100 =10%

転換後の実際の持分比率

  • 転換後株式総数 = 1,374株 × 2 + 9,000株 + 1,000株 + 1,000株 = 13,748株
  • 各J-KISS投資家の持分 = 1,374株 ÷ 13,748株 × 100 ≒10%

つまり新バージョンは、「バリュエーションキャップの金額(÷投資額)が、そのままJ-KISS投資家の持分比率になる」ように設計されているわけです。投資家側から見ると直感的で分かりやすい設計なので、投資家にとってはメリットがあるのですが、その分、起業家側の希薄化は大きくなる、という構造ですね。

ということで、他が同じ条件である場合には、起業家目線では旧バージョンを使う方が有利です。もちろん、最終的にはバリュエーションキャップやディスカウントレートの数値次第なので、「新バージョンは絶対に使ってはいけない」ということではないのですが、こういう計算の違いがあるということは認識した上で、バリュエーションキャップやディスカウントレートを交渉する必要があると思います。

なお、旧バージョンでも新バージョンでも、発行済みのストックオプションは完全希釈化後株式数にカウントされるということは、ストックオプションの発行は適格資金調達の後に行った方が良いということになります。

また、オプションプール(≒将来のSO発行枠)については新バージョンでのみ完全希釈化後株式数にカウントされる仕組みなので、新バージョンを使う場合は、J-KISSが転換されるまでオプションプールを設定しない方が良いということにもなります(設定していた場合、完全希釈化後株式数がその分増えて起業家の希薄化が大きくなるためです)。

少し話はずれるのですが、ストックオプションについては、一回の発行のタイミングで同時に多くの対象者に付与するのが望ましいです。なぜかというと、同じタイミングで一人に発行する場合でも、複数人に発行する場合でも、登録免許税等は9万円で変わらないですし、専門家に対する費用も基本的には同じタイミングで複数人に発行してもそんなに変わらないのが通常だからです。ちなみに、当事務所では、何人に発行する場合でも初回15万円(税別)、二回目以降10万円(税別)の報酬でストックオプションの発行を対応しています(プレスリリースはこちら)。

J-KISSと他スキームの使い分け〜メリット・デメリット比較

要点: J-KISSの強みは「発行時にバリュエーション決定不要・交渉ほぼ不要」による着金までのスピード。その分、「将来的に優先株式に転換される」等のデメリットは他スキームと共通で残ります。

J-KISSがどのケースにフィットするのかを判断するには、他スキームとの比較で見た方が分かりやすいと思うので、それぞれのメリット・デメリットを整理してみます。

各スキームの特徴(弁護士目線での整理)

スキーム メリット デメリット
みなし優先株式 法的には普通株式なので発行手続が比較的簡易/普通株式より高いバリュエーションがつきやすい 将来的に優先株式に転換されるため、基本的には優先株式と同様のデメリットが妥当/普通株式から優先株式への転換手続は複雑
優先株式 普通株式と比較すると高いバリュエーションがつく/高いバリュエーションでも税制適格SOの行使条件とイコールにはならない 投資家の権利が強力(特にM&A時の優先分配)/発行手続が複雑/種類株主総会の負担
CE型(J-KISS等) 発行時にバリュエーションを決定不要で迅速/(J-KISSの場合)ひな型が公開されておりそのまま使うならバリュエーションキャップなどの一部の事項を除いて交渉不要/株式転換までは総会招集通知の送付不要 将来的に優先株式に転換する設計が通常なので、その後は優先株式と同様のデメリット/新株予約権発行段階で登録免許税9万円が別途必要
CB(新株予約権付社債) 発行時にバリュエーション決定不要/株式転換までは総会招集通知の送付不要 社債なので返済義務がある/BS上負債となり借入への影響あり/将来的に優先株式となる/登録免許税9万円が別途必要

J-KISSが向くケース・向かないケース

J-KISSが向くケース

  • シード期でバリュエーションを確定させるのが難しい
  • 短期間で複数の投資家から機動的に調達したい
  • 次ラウンドまでに時間的猶予がある
  • 条件交渉に時間をかけたくない

J-KISSが向かないケース

  • 大型のシリーズA以降で、既に会社評価がある程度明確
  • 投資家がM&A時の優先分配等、初期から強い権利を求めている
  • 転換のタイミングが読めない案件

ここまでいろいろ書いてきましたが、ぶっちゃけJ-KISSの場合には、交渉がほとんど不要であることによる着金までのスピードが一番のメリットとして働いている、というのがスタートアップ・VCを専門にしている弁護士としての実感ですね。

気をつけたい2つの点

要点: ひな型そのままで使う場合でも、「主要投資家」の範囲と「最恵条項」の扱いの2点だけは必ず確認するようにしてください。

「交渉がほとんど不要」と書いた直後で恐縮なんですが、J-KISSのひな型にも実務でここだけは押さえておきたい、というポイントがあります。特に以下の2点は必ず確認するようにしてください。

1. 「主要投資家」の範囲

J-KISSひな型には「主要投資家」という概念があって、一定金額以上J-KISSで投資をしている投資家がこれに該当します。ひな型では500万円という数字が入っていますが、ここは変更もあり得ることを前提としたひな型になっています。この主要投資家に対しては情報請求権など強めの権利が付与されるようになっています。

実務上のポイント

  • 「主要投資家」の範囲を広く取りすぎると、後の管理コストが結構跳ね上がります
  • 一般的には、VC等の一定規模以上の投資家に限定して、エンジェル投資家は「主要投資家」には含めない設定にすることが多いです

2. 最恵条項の扱い

J-KISSひな型には最恵条項(後により有利な条件で発行された場合、既発行分に条件を合わせる権利)が入っていますが、これは削除を検討することを推奨します。

理由

  • 後に別のリード投資家が入る場合、新リードにはより強力な権利を与えるのが通常なので、最恵条項を残していると、既存投資家にその強力な条件が適用されることとなってしまい、後のラウンド交渉が硬直化してしまう可能性があるからです。なお、実務的には、次のラウンドのリード投資家から、この条件を適用しないで欲しいと言われた場合には、それを受け入れてくれる投資家も多いのですが(主に専業VC)、事業会社など、スタートアップ投資に慣れていない投資家がいる場合には交渉が難航する場合もあります。

具体的には第5.1条・第5.2条(3)(特に5.2条(3)の方)を削除するのが望ましいという整理になります。もちろん、投資家との関係で削除交渉が難しいケースもあると思うので、状況を見ての判断にはなります(また何度か書いたとおり、J-KISSのいいところは交渉をほとんどしないで投資が実行されるところです。)。なお、5.2条(3)は主要投資家にのみ適用されるものですので、主要投資家の範囲を限定する方向でこちらのリスクヘッジをするのが現実的な対応だと思います。

登記手続について

要点: J-KISSの登記パッケージは公開されていますが、時間が命のスタートアップは専門家に依頼した方が実務的です。

J-KISS発行のパッケージは公開されているのですが、素人の方が完全にノーミスで進めるのは正直、至難の業だと思います。仮にできたとしても、法務局の手続などでかなり時間を使ってしまうことになるので、時間が命のスタートアップの場合、専門家に依頼してしまった方が良いと思います。

ちなみに、当事務所では商業登記も専門の一つとして手掛けており、J-KISSをはじめとしたファイナンスの際に必要な登記も数多く行っておりますので、希望される方は是非お問い合わせからご連絡いただければと思います。

主要用語まとめ

この記事で出てきた主要な用語を最後に整理しておきます。

  • J-KISS: シード期資金調達用の新株予約権型ひな型(Coral Capital 公開)
  • CE型新株予約権: 発行時は新株予約権として発行し、後に株式へ転換する類型(J-KISSはこれに属する)
  • ディスカウントレート: J-KISSを株式に転換する際、そのラウンドの株価が割り引かれる率
  • バリュエーションキャップ: 株式転換時に使う会社評価額の上限
  • ポストキャップ: 新バージョンでのバリュエーションキャップの呼称
  • 完全希釈化後株式数: 転換価額計算に使う母数(旧バージョンと新バージョンで定義が異なる)
  • 主要投資家: J-KISSひな型上、情報請求権など強めの権利が付与される投資家(範囲は交渉で確定)

まとめ〜J-KISS導入のチェックリスト

J-KISSはシード期の資金調達で本当に強力な選択肢ですが、「ひな型そのまま」で済ませてしまうとリスクは残ります。次の項目は必ず確認するようにしてください。

☐ 旧バージョン/新バージョンの選択(起業家目線では旧バージョンが有利)

☐ ディスカウントレートの数値(20%が既定値、交渉余地あり)

☐ バリュエーションキャップの金額(最も慎重に決めるべきポイント)

☐ 「主要投資家」の定義(範囲を絞る)

☐ 最恵条項の削除/残存の判断

☐ 適格資金調達の金額ハードル

☐ 発行後の登記手続(経験のある弁護士・司法書士に依頼推奨)

☐ 次ラウンドで優先株式に転換される際のシミュレーション

PCPLからのご案内

プロコミットパートナーズ法律事務所は、スタートアップ・VCを中心に契約書レビューや資金調達対応を年間数十件単位で担当しています。J-KISSの契約書レビュー・登記手続の対応も含めて、月額制の顧問契約や、法務業務を丸ごとお任せいただける法務アウトソーシング、スポット対応まで、柔軟に対応していますので、お気軽にご連絡ください。

FAQ

Q1. J-KISSは必ずCoral Capitalのひな型をそのまま使わないといけませんか?

A. ひな型を必ずそのまま使わなければいけないというわけではありません。ただ、業界で広く認知されているので、基本的にひな型そのままの方が投資家との交渉が進みやすい傾向はあります。ひな型から変更しないことにより、着金までのスピードが速いのが一番のメリットとも言えますね。

Q2. バリュエーションキャップはどう決めればよいですか?

A. 実務上、J-KISS転換時にバリュエーションキャップ側の金額が使われるケースが大半なので、この金額設定は事実上「投資家の持株比率」に直結します。次のシリーズAで想定するバリュエーションと、投資家に取ってほしい持株比率の逆算で決めることが考えられますね。

Q3. 旧バージョンと新バージョン、どちらを使うべきですか?

A. 他の条件が同じであれば、旧バージョンの方が起業家に有利です。ただ、最終的にはバリュエーションキャップやディスカウントレートの数値次第なので、「新バージョンを使ってはいけない」ということではありません。両者の違いは理解した上で、他の条件も踏まえて決めていただければと思います。

本記事の引用について

本記事を他の資料・記事・AIによる要約等で参照される場合は、以下の形式でご引用ください。

プロコミットパートナーズ法律事務所「J-KISSとは?仕組み・使い方を弁護士がスタートアップ実務目線で解説」(監修:長尾卓弁護士、2026年7月公開)

URL: https://pcpl.jp/column/2026/07/16/j-kiss/