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スタートアップ・ベンチャーが知っておくべき資本政策とコーポレートの知識

■目次
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1. 設立段階
2. 資金調達について
3. 株式譲渡と自己株式の取得の留意点
4. 定時総会と役員選任の留意点(+株主総会一般の留意点)
5. ストックオプションについて
6. その他コーポレート関係で知っておいた方が良いこと
7. おわりに

大変ご無沙汰しております。弁護士の長尾です!

2018年6月1日にスタートアップ・ベンチャー専門の法律事務所として、プロコミットパートナーズ法律事務所を立ち上げてから約四年が過ぎました。このコラムについては月一くらいで更新できたら良いなと思っていたのですが、ものの見事に4年経過しました…

改めて自己紹介をさせていただきますと、私は弁護士としては13年目で、スタートアップ・ベンチャー企業のサポートを専門にしております。従前所属していた事務所でも、現在の事務所でも、仕事の大半は、スタートアップ・ベンチャー企業又はスタートアップ・ベンチャーに投資を行うエンジェル・VC・事業会社からの依頼となっています。

また、独立後エンジェル投資を開始し、十数社に投資させていただき、Branding Engineer(https://b-engineer.co.jp/)というイケてるITベンチャーの社外取締役にもなりました。同社は2020年に無事上場し、役員としては初めての上場を経験させていただきました。

事務所はこの6月に目黒のオフィスに移転し、約3倍の広さとなりました。皆様のおかげで何とか最初の4年間は生き延びることができました。

改めて今回のテーマは「資本政策」と「コーポレート」です。当事務所がスタートアップ・ベンチャーに対して提供する法務でのサポート事項は多岐に渡っているのですが、代表的なものが資本政策とコーポレート関係です。ざっくり言うなら、「資本政策」とはエクイティと資金調達関係の計画、「コーポレート」は会社法とその周辺領域のサポートですね。

資本政策とコーポレートについてはスタートアップ・ベンチャーにとって、最も問題が起こりやすい分野ではないかと思います。なぜなら、起業家の多くは、サービスに関する経験は積んでいても、資本政策とコーポレート関係の仕事はまるでやったことがないことが多いためです。

そこで、今回は、スタートアップ・ベンチャーが知っておいた方が良い資本政策とコーポレートについて書いていこうと思います。上記のとおり、10年以上この分野で弁護士としてやってきており、また、エンジェルや社外取締役としての立場もあるので、役に立つ知見もあるのではないかと思っています。加えて、当事務所では、商業登記の業務も数多く取り扱っていますので、その意味でも知見を提供できるのではないかと思います。登記というと司法書士の先生に頼んでいる方も多いと思いますが、ファイナンスや資本政策に関する仕事を行う上では、登記は切っても切り離せない事項であるため、当事務所では全弁護士が商業登記に関する業務を行っています。

なお、私は弁護士なので、法的な観点からの話がメインになります。特に、資本政策については、ビジネスの観点や会計税務の観点も切り離せないので、それらの観点からアドバイスをもらえる人は別途探した方が良いと思います。

あと、特に資本政策については絶対の正解というものはないのと、どこまで丁寧に説明すべきかの判断が難しかったので、一度公表した後も適宜加筆・修正していこうかなと考えています。

それと、立場上敢えて書いていないこと、同業者には知られたくないので書いていないこととかもあるので、知りたかった点が書かれていないなどあれば、是非無料相談もご利用下さい。詳細は下記のURLの一番下に記載されています。

プロコミットパートナーズ法律事務所の無料相談ページはこちら

 

1. 設立段階

(1) 持株比率について

まず、一人で会社を設立するのか、二人以上で会社を設立するのかによって全く異なってきます。二人以上の場合、何といっても持株比率について吟味する必要があるためです。

一人の場合は当初は創業者の持株比率は当然100%となりますが、二人以上の場合、色々なバリエーションが考えられます。

資本政策に絶対の正解というものはないのですが、一般的に、創業者間で完全に均等な持株比率とするような資本政策とするのは失敗事例が多いと言われている気がします(私もこのパターンで失敗したケースをいくつか見ています。)。「一緒に創業する仲間だから良いじゃん!」みたいな気持ちを抱くのは人としては当然ではありますが、完全に平等にしてしまうと、①最終的な意思決定者の所在と責任が不明確になる、②万一揉めてしまった場合にデッドロックになる、③資金調達の際にマイナスに働くといった問題が生ずると考えられます。

①については、例えば、創業者が80%の持株比率である場合、法的にも最終的には創業者が基本的に単独で決定できること、そもそも一人に80%寄せているということはきちんと役割分担(合議でまとまらない場合に誰が意思決定するのか等)について話し合われていることが多いなどの理由から、共同創業者間で意見の相違が生じた場合にも最終的には代表が決めることで、スタートアップ・ベンチャーにとって大罪の一つである意思決定が遅れることが防げていることが多いように見受けられます。

②について、似たような話を聞いたことがある人も多いのではないかと思いますが、二人で50%ずつ株式を持ち合って起業したものの、完全に仲違いしてしまい、にっちもさっちも行かなくなったようなケースがあげられます。これも、一人に株式を寄せている場合(特に3分の2以上一人で保有している場合)には、法的には完全に持株比率の大きい創業者の方が有利であるため、持株比率の小さい創業者が自ら身を引くことで事なきを得ているケースが多い気がします。

③は①と②の裏返しみたいな話なのですが、投資家は、経験上代表取締役の持株比率が大きい方が成功しやすいことを知っているので、共同創業者の持株比率が同一であるようなスタートアップ・ベンチャーは相対的にマイナス評価を受けることが多いのではないかと思います。私も、エンジェル投資の話が来た場合には、この点は必ず確認するようにしています。

但し、創業者が同じくらいの持株比率である会社でも、上手く行っているケースが全く存在しないわけではないため、どうしても一緒に創業したいメンバーがいて、その条件でないとジョインしたくないと言われているような場合には、次に出てくる創業者株主間契約の取り決めをしっかりしておいて先に進むこともまたスタートアップ・ベンチャーという気はします。

(2) 創業者株主間契約について

私が弁護士になった2010年の時はほとんど見かけませんでしたが、最近のスタートアップ・ベンチャーにおいては、創業者株主間契約の普及率はかなりのものになってきています。創業者株主間契約とは、創業者間での株式の取り扱いについて定めるもので、基本的には創業者が会社を辞めた場合に、会社に残る創業者が辞めた創業者に対して株式を売り渡すことを請求できる内容が根幹部分です。ちなみに「創業者」株主間契約という用語が一般に定着していますが、名前はともかく、基本的に会社の役職員に株式を渡す場合全般において、この契約を締結することが原則だと思ってもらった方が良いと思います。

今回このブログの公開と同時に、創業者株主間契約のひな形も下記で公開しておいたので、まずはこちらをご覧いただければと思います。

創業者株主間契約のひな型はこちら

今回のひな形のポイントとしては、①創業者のどちらかが辞めた場合において、②会社に残る創業者は辞めた創業者が保有する全ての株式の譲り渡しを請求でき、③その際の金額は辞めた創業者がその株式を取得するために支払った金額と同額という建付けとしています。

①については、特に一人の創業者の持株比率が大きい場合には、今回のひな型とは異なり、当該創業者は辞めないことを前提に、他の創業者が辞めた場合にのみ譲渡を請求することができる立て付けとしておくことが多いです。

②については、このような建付けではなく、辞めた時点までの在籍年数に応じて、辞める創業者の株式の一部は譲渡の対象とならないとする、いわゆるリバース・ベスティングの条項を付けることも考えられます。ただ、個人的にはリバース・ベスティングつけない方が正直お勧めです。なぜかと言うと、基本的には契約書は最悪の事態を想定して締結すべきと考えているからです。つまり、創業者株主間契約はどちらかが会社を離れる場合のためのものですが、会社から離れるということは、お互いの関係値が最悪になっている可能性があるからです。

例えば、未上場の会社だとエクイティファイナンスを行う場合やストックオプションを発行する際に株主総会を経由することとなりますが、その際、全株主に招集通知を発送する必要があります。エクイティファイナンスやストックオプションの内容は機密性が高い情報ですが、それを辞めた人物(しかも関係が最悪になっている)に伝わることは避けたいと考えるのが一般的ではないでしょうか。また、日本のスタートアップ・ベンチャーのM&Aにおいて、もっとも利用されているのは100%の株式譲渡のスキームだと思いますが、株式譲渡は相対取引ですので、辞めた創業者が株を持ち続けていた場合、M&Aの実行に支障が出る可能性があります。会社法上株式等売渡請求や株式併合等のスクイーズアウトの制度は存在するものの、時間がかかることと、最終的には裁判所で金額を決めるシステムであるため、使用できる場面は限定的です。後述の投資契約等のところで出てくるドラッグアロングライトを創業者株主間契約上定めておくことも考えられますが、契約に従ってくれない場合には裁判を提起する必要があるとか、そもそも連絡取れなくなっている可能性とかも考えると、やはり辞めた瞬間に全株式を回収できるようにしておいた方が無難だと思います。

上記のとおりあくまで関係値が最悪になっている可能性を考えて契約上は全株式を譲り渡すことを請求できるようにしておくということに過ぎないので、実際に辞める際に友好な関係を維持できているような場合には、改めて契約を締結し直すなどして、一部の株式は辞める創業者に残しておいてあげているケースも散見されます。

③については、元々払った金額しかもらえなんて酷じゃないかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、これは②と連動する話で、残ることとなる創業者が払えるレベルの金額にしておかないと、辞める創業者が株を持ったままになってしまうということが理由です。なので、この点については、多少アレンジをして、取得価額と純資産価額のどちらか高い方の金額にするとか、それに加えて株価の上限額を定めておくなど、最終的に残ることとなる創業者が全額払えるレベルの修正を加えることはありなのかなとは思います。

なお、③については、その時点の時価によっては株式を低額で譲り受けるものとして贈与税が発生することとなるため、実際に権利を行使する前に必ず税理士さんに相談するようにして下さい。ちなみに契約書上、株式譲渡の相手方として、会社に残る創業者本人だけでなく、創業者が第三者も指定できるようにしてあるのは、贈与税が多すぎて単独では譲り受けきれないといった事態も想定したものです。

(3) その他設立について

設立の際のよくある失敗として、株式数を少なくしてしまうことがあります。「資本金100万円だから、株式も分かりやすいように100株にしておこう!」みたいなことをやると、外部から株式を調達する際やストックオプションの発行を行う際に1%単位でしか設定できないみたいなことになってしまうので、株式数は10万株以上にしておいた方が良いんじゃないかと思います。万が一既に100株で設立してしまった場合でも、株式分割すれば良いのですが、少なくとも登録免許税として3万円かかってしまうのと、登記するために株主総会開いて議事録作るなどしなければいけないので、最初から株式数は多めにしておきましょう。

あと、箇条書きで定款の内容を決める時の留意点を記載しておきます(そこまで重要性が高くないので、力尽きました・・・)。

・会社の目的を狭く書きすぎないように
・総会の議事録について出席取締役も押印する内容を定めると取締役が増えた際に面倒
・総数引受契約や割当は取締役決定で決定できる内容を定めておいた方が良い
・相続の際に株式の買い取りを請求できる旨を定めておく方がおすすめ
・総会の招集通知発送は1週間ではなく3日くらいがお勧め
・取締役の任期については当初は10年など長い期間としておくのが登記の手間が省けてよい(但し、外部役員を選任する段階で短くすることを検討した方が良い。)
・電子公告のURLで自社ではないサイトを指定するのは避けた方が良い

私は、会社の設立については、そこまで難易度が高くないのと取返しがつかないミスが発生しにくいので、弁護士に依頼しなくても良いというスタンスを取ってきていました。しかし、地味に定款の内容がおかしかったりして後で整理に無駄な費用と時間がかかるケース(あり得ないと思うかもしれませんが、会社法成立後に株券発行会社として設立されているようなケースもありました。)がなくならないのと、初めて法律相談に来た時点で、既に取り返しのつかない失敗をしているケースがいつまで経ってもなくならないので、設立段階からの相談も増やしていきたいと考えています。設立手続までこちらにご依頼いただかなくとも、無料設立サービスで定款を作ったらちょっと不安な点があるような場合には、上記で書いている通り無料相談も受け付けていますので、お気軽にご相談下さい。

スタートアップ・ベンチャーの弁護士をやっていると、本当に「あと少し早く相談に来てくれれば」「一言弁護士に相談してくれれば」みたいな事態に遭遇することが少なくありません。今回のブログも、当然事務所のマーケティング目的もありますが、業界の情報の非対称性を少しでも解消できる一助になればと思って書いている面もあります。

 

2. 資金調達について

(1) 資金調達の手法について

ビジネスを始めるには先立つものが必要ですが、まずはどうやって資金を調達するかの手法を考えましょう。具体的には、①全て創業者の自己資金で賄う、②家族・親族・友人等から借り入れる、③銀行等から借り入れる、④エクイティで第三者から調達することなどが考えられます。以下少し詳細に見ていきたいと思います。

①については、メリットは何と言っても、それ以降の行動に制約がかからないことです。②から④は何かしらのしがらみが発生しますが、①であれば、失敗しても自分のお金がなくなるだけですし、資金調達との関係で何か制約を受けるようなこともありません。デメリットというか問題点としては、そもそもお金を持ってない場合にはこの手段はとれないこと、また、ある程度持っていたとしてもその範囲でしか当初ビジネスに投資することができないことから、ビジネスのスピードが遅くなってしまうことがあげられます。色々な意味でスピードが重要であるスタートアップ・ベンチャーにとっては、スピードが遅いこと自体がリスクになるケースがあるため、二桁億円以上のExitを狙うスタートアップ・ベンチャーだと、①のみというケースはあまり見ない気がします(逆に一桁億前半程度のスモールExitを狙って自己資本でというケースも徐々に増えている気はします。)。

②のメリットは、③と④と比較すると、近い関係であるがゆえに金利や返済期限などの関係で有利な条件で貸付を受けることが出来るのが通常です。デメリットは当たり前ですが事業に失敗して返済できなくなったような場合人間関係に悪影響が生じることはもとより、貸主の人の人生にも悪影響を与えてしまうこととなります。従って、貸してくれる人と相談の上、万一返せなくなってもその人の人生が取り返しのつかない程度の金額に留めておいた方が良いかなと思います。

いわゆるスタートアップ・ベンチャーの場合、①と②だけでExitまでの資金を賄えることはレアだと思いますので、③と④を検討するケースが大半だと思います。

③のメリットは、④と比較すると成功した場合のコストが安い点です。エクイティの場合には、上手く行った場合には何倍もの(場合によっては何千倍もの)リターンが投資家に支払われることになりますが、③の場合にはせいぜい数%の利息と元本を返済すればそれで終わりです。また、返済さえしてしまえばそれ以上貸し手から何か言われることがなくなるという点もメリットとして挙げられると思います。デメリットは、返済が前提となっている点で④と比較すると成長スピードの観点から劣ること、ある程度数値的な実績がないと大きな金額を借り入れることはできないこと、連帯保証人として個人としても責任を負わされることなどがあげられると思います。なお、日本政策金融公庫の新創業融資制度は、原則無担保・無保証で借入ができるため、スタートアップ・ベンチャーでも利用している会社が多い印象です。スタートアップ・ベンチャーは仮説が検証されていないビジネスを、リスクをとって実施するのが通常ですので、自社が成功すると確信を得る段階まで連帯保証が必要な借り入れは避けておいた方が無難ではないかと考えます。なお、IPO審査との関係でも、上場時点では連帯保証を外すように求められるのが通常ですので、IPOが近づいてきたら借入れ段階で連帯保証を外すよう交渉するか、少なくともIPOする場合には外してもらえるのか確認しておいた方が良いです(外せないという金融機関もあるとの認識です。)。

④のメリットは、③とは反対で、利子の支払がなくかつ原則として返済の義務がない点(後述のとおりCBは少し異なります。)、数字の実績がなくとも相対的に大きな金額を調達することができる点(当然ですがステージが進むに従って数字も必要になってはきます。)、連帯保証人のように単に事業に失敗した場合に自らが支払義務を負わされることは通常ない点などがあげられます。また、投資家によっては、取引先候補の紹介、バックオフィスの支援など、単に金銭だけに留まらない支援を行ってくれることもあります。

(2) エクイティファイナンスについて

(i) エクイティファイナンスの手法について

(1)の①から③については、あまり弁護士が関与する部分が大きくないのと、スタートアップ・ベンチャーの場合において法律が最も絡むのが④のエクイティファイナンスであるため、以下、エクイティファイナンスについて説明します。

最近のスタートアップ・ベンチャーの場合、(ア)普通株式の発行、(イ)優先株式の発行、(ウ)J-KISS(コンバーティブルエクイティ)の発行、(エ)みなし優先株式の発行、(オ)CBの発行、あたりが主なエクイティファイナンスの手法ではないかと思います。

(ア)普通株式について

一番シンプルな手法です。通常創業者は普通株式を保有していると思いますので、それと同じ内容の株式を第三者に発行して、会社にお金を払い込んでもらうこととなります。他の手法と比較すると、通常書類の分量も一番少なくなり、かつ、登記手続も最も楽な手段で、法的な側面だけを見ると、スタートアップ・ベンチャー側にフレンドリーな手続となることが一般的です。但し、最終的なリスクは契約内容次第の面はあります。

(イ)優先株式について

(ア)普通株式の発行と比較すると投資家に有利な条件と言えます。「優先株式」とは法律上の正式な用語ではなく、普通株式よりも残余財産等の分配を受けることができる種類株式のことをこう呼びます。

優先株式の内容については、通常投資家側がひな形を持っており、それを元に内容を交渉して確定し、定款にその内容を定めることとなります。優先株式の内容のうち一番重要なものは、残余財産の分配を優先的に受けることができるというものです。「残余財産」というのは、会社を清算する際に残った財産を意味します。

会社を清算する際の分配のルールがなんで一番重要なんだろうと思ったかもしれませんが、まず一つの理由として、投資直後に会社を清算されてしまうことで損害を被ることを防ぎたいということがあげられます。例えば、創業者が1000万円を出資して作った会社に9000万円を投資家が普通株式で投資し、投資後の持株比率が50:50となったケースの場合(分かりやすくするために通常あり得ない持株比率にしています。)、この時点で会社を清算すると創業者が出資した1000万円と投資家が投資した9000万円を足した1億円を50:50で分配することになるので、投資家はいきなり4000万円損することになります。これが普通株式ではなく優先株式の場合、投資家は自分が投資した9000万円分の優先的な分配を受けることが可能になります。ただ、会社を清算することについては、投資契約で制限することもできるため、優先株式にする本命の理由は次のみなし清算にあります。

みなし清算というのは、M&Aが発生した場合に会社が清算したものとみなし、残余財産を分配する場合と同じルールでM&Aの対価を分配することを意味します。なんでそんな回りくどい決め方にするのかというと、優先株式の内容として定められる事項は、会社法上に定められた9つの事項に限定されているからです。そして、M&Aの際の対価の分配のルールはここでの9つの事項に入っていないため、まず会社法上認められている優先株式の内容として残余財産の分配の優先を決めた上で、それと同じルールとすることを契約又は定款で別途決めているのです。

先ほどのケースを前提に10億円で会社が買収される場合のことを考えると、投資家が普通株式で投資した場合には10億円を50:50で分けることになるため、創業者がもらえる金額は5億円です。一方、投資家が優先株式で投資した場合には10億円のうち9000万円が投資家に優先的に分配され、残りの9億1000万円を投資家と創業者が50:50で分けることになるため、創業者がもらえる額は4億5500万円となり、普通株式の場合と4500万円も異なることとなります。

このように法的には優先株式の方が断然投資家に有利であるため、普通株式での調達の方が良いじゃないかと思うかもしれませんが、必ずしもそうとは言い切れません。

まず、一般に普通株でのファイナンスより優先株でのファイナンスの方が高い株価がつくと言われています。上記のとおり優先株の方が普通株式よりも多く対価をもらえる可能性がある以上、ある意味当然ですね(但し、優先株にしたからいくら株価が高くなるかの明確な基準はありません。)。

また、単純にある程度金額の大きいファイナンスの場合には、普通株式で投資してくれる投資家を探すのが難しいことが実態としてあります。特にファンドを組成して投資している投資家はファンドのLP(ファンドに投資してくれている出資者)に対して善管注意義務がありますので、よりリスクの低い優先株式を求めることはある意味当然と言えます。

加えて、M&Aの場面では、優先株式により投資家が優先分配を受ける立場であるが故に、起業家が希望するM&Aが実行可能になったというケースもあります。どういうことかといいますと、前提として投資家から投資を受ける場合、M&Aについては投資家の事前の承諾なく実行してはならないという条件が契約上定められることが通常です。そして、例えば投資家が3000万円投資実行し、創業者:投資家=90:10の持株比率となった場合(=ポストのバリュエーションが3億円の場合)において、この会社を2億円で買収したいという話が来た場合において、創業者は、現状のままだとこれ会社のキャッシュフローが尽きる可能性が高いためM&Aに応じるしかないと判断していたとしても、投資家が普通株式で投資していた場合には、投資家は2億円×10%=2000万円しか対価を得られず、この案件がマイナスで確定してしまうため、かかる投資家から契約上の承諾を取り付けるのはハードルが高いと考えられます。一方で、優先株式で投資を受けていた場合、投資家は2億円のうち3000万円を優先的に受領することができ、さらに残った1億7000万円×10%=1700万円の対価を受領できるため、このケースの方が格段に契約上の承諾を得られる可能性は高いと考えられます。

なお、上記はM&Aの場合ですが、IPOのことを考えると、基本的には対価の分配は優先株式と普通株式で変わらないことが多いです。なぜなら、IPO時点において優先株式は原則的に全て普通株式に転換することを求められるのですが、通常優先株式1株につき普通株式1株に転換されるためです。「基本的に」と書いたのは、優先株式の内容としてダウンラウンド(優先株式を発行した時よりも株価が下回るファイナンス)が発生した場合には優先株式1株につき交付される普通株式の数が増えることになります。

交付される普通株式の数がどのように増えるかについては、大きく分けて、加重平均して計算する方法と、フルラチェットという方法があり、加重平均して計算する場合には新株予約権等の潜在株式を含めるブロードベースという方法と、潜在株式を含めないナローベースという方法があります。この点については、ブロードベース>ナローベース>フルラチェットの順で起業家側に不利になっていく、フルラチェットは厳しい条件なので避けるべき、ブロードベースとナローベースはそこまで変わらないので最悪譲っても良いくらいに覚えておけば良いかなと思います。

(ウ)J-KISS(コンバーティブルエクイティ)について

J-KISSはCoral Capitalさんが公表している手法で(https://coralcap.co/j-kiss/ )、法的には新株予約権の発行と位置付けられます。リンク先にひな形も含めて色々と書いてあるので、優先株式ほど細かい説明はしませんが、ポイントを絞って解説したいと思います。なお、J-KISSはあくまでCoral Capitalさんの公表されているものを意味するもので、新株予約権で投資して後で株式に転換されるコンバーティブルエクイティの手法はJ-KISSに限られるものではありませんが、実務上J-KISSが使用されているケースが多いこと、それ以外の契約内容は案件によって千差万別ですので、今回は基本J-KISSの内容を元に解説させていただきます。

まず、J-KISSが使用される一番の理由はバリュエーションです。J-KISSはシード期のスタートアップ・ベンチャーのファイナンスに使用されることが多いですが、シード期ですと、売上等の数字が存在しない、サービスが完成していないなどの理由により適切にバリュエーションを設定することができない、又は本来のバリュエーションだと安すぎて投資家の持株比率が高すぎるなどの問題が生ずることがあります。J-KISSは、このような問題に対処するために、J-KISSを発行する段階では株価を確定せず、次に株式のファイナンスが起きた場合(一般的には、一定金額以上の調達額に達した場合)にそのファイナンスのバリュエーションに連動させてJ-KISS発行の際に振り込まれたお金を株式に転換するというスキームとなっています。

どういうルールでJ-KISSが株式に転換されるかにあたっては、「ディスカウントレート」と「バリュエーションキャップ」という二つの用語が重要となってきます。

「ディスカウントレート」は、名前のとおり割引率を設定するものです。前述のとおり、J-KISSにおいては次の株式のファイナンスのバリュエーションに連動させて株式に転換するのですが、次のファイナンスの際の株価を一定程度割り引いた金額でJ-KISSを株式に転換するということです。ディスカウントレートが20%で、J-KISSの次のファイナンスの株価が1万円だったとしたら、1万円から20%割り引いた8000円が1株あたりの金額になるということですね。

「バリュエーションキャップ」は、転換する際のバリュエーションに上限を定めるものです。例えば、バリュエーションキャップが5億円で、次のファイナンスのプレのバリュエーションが10億円だった場合、株価を決める元となるバリュエーションが半額ということになるので、J-KISSの次のファイナンスの株価が1万円だったとしたら、5000円が1株あたりの金額になるということですね。

なお、J-KISSは2022年4月に新バージョンが公開されています。詳細はもの凄く複雑になるのでここでは省略しますが、基本的にはバリュエーションキャップの計算上、新バージョンの方が投資家に有利になっている(J-KISSが多くの株式に転換される)ので、起業家としては、J-KISSを使用する場合にはなるべく旧バージョンで投資を受けるよう交渉した方が良いと覚えておくのが良いと思います。

そして、ディスカウントレートとバリュエーションキャップを利用して算出された1株の金額のうちより低い金額で株式に転換されることとなると定められているのが通常です。

なぜディスカウントレートやバリュエーションキャップが設定されるのかというと、J-KISSの投資家は次のファイナンスで投資する投資家よりもより早い時期にリスクをとって投資を実行しているので、全く同じ株価だと割に合わないという理屈ですね。

なお、ディスカウントレートとバリュエーションキャップは設定しないことも可能です。両方とも設定しないことも可能なのですが、上記のとおりJ-KISSの投資家はリスクを取っているので、流石にどちらも設定しないことはレアケースな気がします。あと、VCの場合にはどちらも設定しているケースが大半だと思います。

一方で、エンジェルラウンドの場合にはバリュエーションキャップは設定していないケースもある程度見られる気がします。この点、Coralさんが公表しているひな形においてバリュエーションキャップが設定されている内容なので、何も考えずそのまま埋めてエンジェルから投資を受けているようなケースも散見されるのですが、エンジェル側としてはディスカウントレートさえ設定していればそれで良いと言ってくれるケースもあるので、きちんとひな形の内容は理解して使った方が良いと思います。

J-KISSが転換される株式の種類については、次回ファイナンスが普通株式の場合には普通株式、優先株式の場合には優先株式となります。少しテクニカルな話をすると基本的には次回ファイナンスの優先株式と同じ内容の優先株式に転換されるのですが、法的には異なる種類の株式となります。例えば次のファイナンスの株式が「A種優先株式」という名前だった場合、J-KISSは「AA種優先株式」や「A2種優先株式」といった名前となることが多いです。何が異なるかというと、優先株式の内容のところで述べたとおり、優先株式の残余財産の優先分配権は基本的に1株当たりの払込金額に連動させることが通常です。そして、J-KISSはディスカウントレートやバリュエーションが設定されているので、1株当たりに払い込まれる金額が異なることとなります。次のファイナンスの1株あたりの株価が1万円で、J-KISSがディスカウントレート20%が適用されて1株8000円だと仮定した場合、J-KISSがA種優先株式に転換されてしまうと、1株あたり8000円しか払い込んでいないにもかかわらず1万円の優先分配権を得てしまうこととなるため、基本的にはA種優先株式と同じ内容であるものの、残余財産の優先分配権等の1株当たりの金額に連動すべき事項については異なる内容の株式としているのです。

J-KISSはエンジェルラウンドやシードラウンドで使われることが多いので、同じくエンジェルラウンドやシードで使用される普通株式やみなし優先株式と比較してどちらが良いかを決めることになると考えます。

普通株式とJ-KISSを比較した場合のJ-KISSのメリットとしては、上記でも述べたとおりバリュエーションを確定せずとも資金調達ができる点や、J-KISSは株式ではないため株主総会等の事務手続等の負担が軽い点があげられます(但し、投資契約上の情報提供義務は別途果たす必要があり、また、次回ファイナンス以降は株式に転換されます。)。

デメリットとしては、手続上の負担が重い(発行時点で新株予約権の内容を登記しなければならず、次回ファイナンスの時にJ-KISSを株式に転換する段階でも登記をする必要があります。)、登録免許税が余計にかかる(発行段階で新株予約権の登録免許税として9万円がかかり、株式になる段階で再度資本金に連動した登録免許税がかかります。)、次回ファイナンスが優先株式である場合優先株式に転換されるあたりがあげられると思います。

なお、J-KISSの次のファイナンスは優先株式であるケースが多い気がするので、J-KISSを発行したら優先株式に転換されるものだと覚悟しておいた方が良いと思います。そして、感覚的にはバリュエーションキャップの金額で株式へと転換されているケースが大半ですので、特にバリュエーションキャップの金額については慎重に交渉した方が良いと思います。

(エ)みなし優先株式について

みなし優先株式は、法的には普通株式です。なぜ、みなし優先株式というかというと、次のファイナンスがあった場合には、J-KISSのように優先株式に転換されるからです。

J-KISSと比較すると、優先株式に転換される前の段階でも株式なので、みなし優先株主は議決権等の株主の権利を持っているため、株主総会の招集通知を送らなければならないなどの点ではJ-KISSよりこちらの方が会社側に不利と言えると思います。

一方で、発行手続としては、普通株式であるため、新株予約権であるJ-KISSよりこちらの方が楽です(新株予約権の方が、圧倒的に登記事項が多いため)。また、最初から株式なので、J-KISSにおける新株予約権発行の登録免許税9万円はかかりません。

また、一番の違いとしては、株式であるため、発行時点でバリュエーション(株価)を決める必要があります(強引にJ-KISSのように後で株式の数を変更させるような契約を結んでおくこともできなくはないですが、あまり見かけません。)。この点は条件設定次第でJ-KISSよりも有利にも不利にもなり得るところですので、どちらかを選択する場合には、両方の条件を吟味する必要があると考えます。

(オ)CBについて

CBは法的には新株予約権付社債に分類されます。名前のとおり社債に新株予約権がくっついていると理解すると分かりやすく、スタートアップ・ベンチャーのファイナンスの場合だと(ウ)のJ-KISSに社債がくっついたような内容となっていることが多いです。

(ア)から(エ)までとの一番の違いは、社債なので、基本的には弁済期限が到来したら金銭を返還する義務(会社法的には「償還」といいます。)があります。また、設定されていないケースもありますが、利息も設定されていることが通常です。従って、これまで説明した他の手法と比較すると、基本的にはもっとも会社側に不利な条件と言えるのではないかと考えます。一方で、事実上は、会社が社債の返済を行うことはかなりのレアケースで、実際には株式に転換されているケースが大半ではないかと思います。なぜなら、CBを発行後会社が上手く行っている場合には株式に転換した方が投資家にとってメリットがあり、反対に会社が上手く行かなかった場合には返還する原資がないためです。なお、後者のように返済の原資がなくなっていても、債務さえなくなれば投資するという投資家が存在するため転換するケースもあります。

どのような場面でCBが利用されているかについては、私の経験上だと、事業会社からの資金調達の場面(担当者はエクイティで投資したいけど、上の地位の人たちがリスクを気にする等)や、エクイティファイナンスできそうだけどその前にキャッシュアウトしてしまいそうな時に既存投資家などからブリッジファイナンスを受ける場合が多い気がします。CBの場合にもJ-KISSと同様ディスカウントレートやバリュエーションキャップが設定されることがあります。

CBの場合、一番気を付けるべきは連帯保証についてではないかと思います。上記でも述べたとおり、弁済期限が到来したら基本的に金銭を返還しなければならないので、何も考えず経営者が連帯保証人になってしまうと事業が上手く行かなくなった場合には個人で莫大な返済義務を負うこととなってしまいます。従って、契約の内容はしっかりと確認して、リスクを承知の上で連帯保証するのか、場合によっては契約違反等があった場合にのみ個人として責任を負う内容にするなどの対応をとった方が良いと考えます。

CBを発行する場合、株式やただの新株予約権よりも、金融商品取引法上の「募集」に該当しないようにするための記載事項や、社債管理者の設置が必要にならないようにするための個数設定、現物出資規制の問題など、法的にひっかかりやすい部分が多いので、CBで資金調達する場合には、必ず弁護士の確認を受けた方が良いと考えます。

なお、アメリカではコンバーティブル・ノートといって、当初社債ではなく普通にお金を貸し付け、それを株式に転換するというスキームが存在し、一時期日本にそれを持ち込めないかという議論があったのですが、日本だと貸金業法の抵触の問題が生ずるため、あまり利用されていないとの認識です。

(ii)資本金について

株式を新規に発行した場合には資本金が増加することになります。J-KISSやCBなどの新株予約権の場合には、発行時点では資本金は増加しませんが、新株予約権の行使等により株式になる段階で資本金が増加することになります。

増資の際も新株予約権の行使等により株式になる場合も、会社法上は払い込まれた全額が資本金に計上されるのが原則ですが、払い込まれた金額の2分の1を上限として資本準備金に計上することも可能で、実務上は可能な限り資本準備金に計上します。なぜなら、基本的には資本金を増やすメリットがあまりないからです。

まず、増資等の場合の登録免許税は資本金の増加額×0.007という計算式で算出されるところ、例えば10億円のファイナンスで10億円全額を資本金に組み入れると10億×0.007=700万円を登録免許税として納付しなければなりませんが、半額の5億を資本金に組み入れる場合には5億×0.007=350万円を登録免許税として納付すれば足りるため、350万円も差が出ます。

また、資本金が多いほど下請法上不利になる、資本金が1億円を超えると外形標準課税が適用されるなど、税負担が大きくなる、資本金が5億円以上になると会社法上の大会社となり会計監査人(監査法人)を設置しなければならなくなるなど、基本的には資本金が増えてあまりいいことはありません。

一方で、一定の許認可などを取得する場合には、資本金が一定額以上であることが求められるようなケースもあるので、規制業種の場合には、一定額に達するまでは全額を資本金に組み入れ続けることもあります。また、あまりにも資本金が少ないと取引先として信用を不安視されるケースもあるため、1000万円くらいまでは全額を組み入れているケースもあります。少し余談ですが、スタートアップ・ベンチャーのホームページを見ると、「資本金(資本準備金)●円」といった記載をしているケースがそれなりに多く見受けられます。これは、資金的には十分調達できていることを示すためにトータルでの増資額を記載する一方、厳密な意味での資本金を増やすと上記のようなデメリットもあることから、このような記載をしているとの認識です。

なお、上記のとおり資本金が一定額を超えるとデメリットもあることから(特に監査法人設置が必須となる5億円)、スタートアップ・ベンチャーの場合には減資をするケースも多いです。

減資について知っておいて欲しいのは、①行う場合には期末までに効力を発生させるように対応すること(そうしないと大半の減資の目的は達成できないと思います)、②減資を行う場合には急いでも2ヶ月程度かかる場合があること、の二点です。例えば、事業年度末が3月末日の場合、1月末くらいからは弁護士・司法書士に相談して準備を始めておいた方が良いです。

(iii) エクイティファイナンスの手続に関して知っておいた方が良いこと

まず未上場の場合には基本的に株主総会決議が必要になるので、総会の開催が必要になります。株主総会を開催にあたっては、取締役会(取締役)において株主総会を開催することを決議した上で招集通知を発送するのが原則です。

非公開会社において、株主総会の招集通知は一週間前までに発送しなければならないのが原則です。但し、取締役会非設置会社では短縮することが可能で、三日前までに発送すれば良いと定められていることが多いです(短縮されていない場合には、他の株主総会決議を行う際などに短縮しておくのがお勧めです。)。ここで気をつけなければならないのは、会社法上「一週間前まで」「三日前まで」という用語が使われている場合、中一週間、中三日を意味するということです。例えば、2022年6月30日(木)に定時株主総会を開催する場合、「一週間前まで」に発送しなければならないというのは、2022年6月22日(水)中には招集通知を発送しなければならないことになります。

一方、スタートアップ・ベンチャーのファイナンスは、場合によっては資金ショートも迫っているなど時間との戦いであることが一般的です。上記の招集期間を守っていたら間に合わない場合には期間を短縮することが考えられます。具体的には、書面決議、招集手続の省略、招集期間の短縮のいずれかを行うことが考えられます。いずれについても、議決権を有する株主全員(種類株主総会については当該種類株主全員)の同意が必要となるため、この手続を行う必要がある場合には、それが決まった段階で既存株主に根回ししておいた方が良いです。

既に種類株主総会を発行している会社において、新たな種類株式を発行する場合には、種類株主総会が必要となるケースが多いため、気を付けて下さい。例えば、既にシリーズAを終えており、A種優先株式を発行している会社がB種優先株式を発行する場合、臨時株主総会だけでなく、A種種類株主総会と普通種類株主総会も開催する必要があります。なぜなら、「株式の種類の追加」「株式の内容の変更」「発行可能株式総数又は発行可能種類株式総数の増加」について、ある種類の株式の種類株主に損害を及ぼすおそれがあるときは、当該行為は、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会決議が必要とされているからです。最近は、種類株主総会を開催する手間を考慮し、投資家側としても法令上可能な範囲で種類株主総会を排除することに応じてくれるケースが増えていますが、そういった規定が定められている場合でも、この場合には種類株主総会決議が必要となります。なお、会社法上は上記の内容(定款変更)についてのみ種類株主総会決議を経ればよいのですが、定款において、増資の場合にはA種種類株主総会決議も経なければならないといった規定が定められている場合には、増資についても臨時株主総会だけでなくA種種類株主総会で決議しなければならないので気を付けましょう。

次に気を付けなければならないことは払込みのタイミングです。株式による増資の場合、払込期日を定めるパターンと払込期間を定めるパターンがあります。前者の場合、割当決議を行い、総数引受を締結した日(又は割当がされた日)から払込期日までのどこかのタイミングで入金がされないと登記が通りません。後者についても、払込期間中に入金してもらえないと登記が通りません。VC等は流石にあまり失敗しないのですが、エンジェルに関しては要注意です。例えば、エンジェルとしてはよかれとおもって、ちゃんと契約を結んでいない時点なのに「もう振り込んでおいたよ」と言ってくることがあります。また、勧誘段階では400万円を入金して欲しいと伝えておいたものの、株式数などの関係で、実際には1999円×2002円=4,001,998円が入金額となったにもかかわらず、400万円しか入金されていないなどのケースは珍しくありません。従って、エンジェルから投資を受ける場合には、「●日から●日のどこかに●円全額着金するように、支払いをお願いします。」というような形で明確に指示を行っておいた方が良いです。なお、上記の400万円しか入金されていなかったパターンにおいて、追加で1998円が入金されれば問題なく登記は通るので、出来れば余裕をもって払い込んでもらった方が望ましいです(早すぎると上記のとおりダメなのですが。)。ちなみにエンジェルの注意点としてもう少し書いておくと、エンジェルは契約内容をちゃんと確認してないことも多く、特に、最後押印手続を開始した後においてやっぱり住所が最新のものではないとか言ってきたりもするので、契約内容に誤りがないかについては念押しして確認しておいた方が良いと思います。

なお、既に一度ファイナンスをしている場合、既存の投資契約や株主間契約等において、事前承諾事項や優先引受権が定められている場合があるため、この点の手続を履行しなければならない点に留意して下さい(抜けているケースが多いです。)。この点については、最初のファイナンスから一貫して、契約のレビューと登記を当事務所にご依頼いただいていれば、特に何も言われなくても当事務所で必要な書類等を作成して対応させていただいております。

(iv)投資契約について知っておいた方が良いこと

投資契約とは、投資を受ける際に投資家と締結する契約のことを意味します。「投資契約」と総称して呼ばれることが多いですが、決まった名前があるわけではありません。また、特にラウンドが進むと、一つのドキュメントではなく、2通か3通のドキュメントで締結することが多いですが、以下便宜上「投資契約」で統一します。

エンジェルから投資を受ける場合にはいわゆる投資契約は締結せず、登記に必要な最小限度の書面だけ交わすことも多いです。投資契約を締結する場合でも、あまり会社側の義務が重くない内容とすることが多いです。

投資契約の詳細について言及すると本が一冊書けてしまうので、今回は大枠のスタンスとして知っておいた方が良い事項について書こうと思います。

(ア)投資家の情報を知ろう

投資契約の内容に限ったことではありませんが、投資家側の情報を知っておくことは非常に重要です。

まず、投資を実行するエンティティがファンドなのかどうかを確認しましょう。なぜならファンドはファンドに投資する投資家からお金を集めてスタートアップ・ベンチャーに投資しているのですが、投資家にはいつかお金を返さないといけないので、ファンドには満期が設定されています。そして、満期までには一度投資した株式等を換金して投資家に分配する必要があります。これがスタートアップ・ベンチャー側にどう影響するかというと、ファンドの満期の前後で投資家は絶対に株式を処分しなければならないということです(なお、一般的には、満期は1~2年程度延長できることになっていることは多いです。)。

具体的には、投資契約において、少なくともファンドが近づいた場合にはファンドは株式を譲渡することができ、かつ、発行会社と経営陣はこの譲渡を承認する手続に協力しなければならないことが定められていることが通常です。従って、この時点において、元々貴社として「このファンドなら」と考えてなってもらった株主が変わってしまうということになります。

また、最近だと、少なくともシリーズA以降はドラッグアロングライトといって、一定の条件を満たした場合には、投資家側が会社の全株主に対して、買収に応じるよう請求することができる権利が定められるのが一般的になってきています。ドラッグアロングライトについては、トリガーの設定次第で会社側のリスクは変わってきます。一番リスクが大きいのは、投資家側の過半数等が賛成したら発動できるなど投資家側の一存で発動できるパターンで、リスクが低いのは経営株主の同意が必要なパターンだと思いますが、当初は経営株主の同意がある場合に限定する場合でも満期がある場合にはいつまでも売れないとファンドを解散できないので、一定時期からは経営株主の同意を不要とするケースも見かけます。

なお、会社法上、スクイーズアウトのための特殊な手続をとるなどの一部の例外を除き、少数株主を強制的に排除することはできないため、経営株主の同意なく発動できないドラッグアロングライトであれば、むしろ発行会社側にとってもメリットはあると言えます。

(イ)交渉は交渉前の準備が重要

まず、投資契約の交渉において、最終的に納得できる内容で妥結できるかについては、交渉前に勝負が決まっていることも多いです。投資契約の交渉に限りませんが、どんなに説得的な理由を相手方に伝えたとしても、相手方がNOと言い続けた場合、こちらとしてもNOと言える状況でないと、結局相手方の言い分を飲むしかないからです。

すなわち、交渉していても後ちょっとでキャッシュが尽きる場合(しかも投資を受けるためには経営状況に関する資料を投資家に提出する必要があるのが通常なので、相手方はそれを知っています。)や、投資を受ける必要があるにもかかわらず他に投資家候補が存在しないような場合、中々良い条件を受けるための交渉をするのは難しい面があります。資金繰りに悩んだことがある人なら分かると思いますが、そのような状況の中でハードな交渉をして相手方に交渉を打ち切られてしまう恐怖を考えると、真っ当な交渉ができない可能性もあります。

従って、資金調達については時間に余裕を持って始めることや、最悪のことを考えてバックアッププランを用意しておくのが理想と言えます。特に資金調達完了までの期間については、予定通りに完了しているスタートアップ・ベンチャーは極めて稀と言っても過言ではないと思います。ファイナンスは計画どおりにいかないという前提のもと、最悪の状況でも生き延びることができるように検討しておいた方が良いと考えます(頭では分かっていても中々実行するのは難しいのですが・・・)。

(ウ)実態との整合性は自分達で

投資契約には表明保証といって、その時点で一定の事項が事実であることが間違いないことを確約させられます。例えば、会社が適法に設立されていることや契約締結に必要な手続がきちんと実施されていることなどがあげられます。基本的には、そこまで不合理な内容が定められていることはないものの、そのまま受け入れてしまうと表明保証違反となってしまうことは珍しくありません。例えば「会社に訴訟は係属していない。」と書かれているのに実際には裁判しているようなケースですね。このような場合は、「但し、●株式会社との●に関する訴訟は除く。」などと規定し、カーブアウトすることで違反とならないようにすることが通常です。

顧問弁護士であればある程度は会社の状況を把握してはいますが、何から何まで顧問弁護士に相談しているわけではないと思いますので、上記のように形式的に表明保証違反となってしまっているかについては自分たちで確認する必要があります。確認した結果違反が生じている場合にはその内容を弁護士に伝えれば上記のような修正案を作ってくれます。

また、ちょっと違う話なのですが、事前にVCにリクエストしていたのに条件が契約に反映されていないことも散見されます。これは、悪意をもってやっているのではなく、担当者がドキュメンテーションに弱いために発生してしまっている事象であることが多い気がします。ですので、そのような条件がある場合には、必ず自社側の弁護士に伝えておき、その条件が投資契約に反映されているか確認してもらうようにしましょう。

(エ)法的なリスクだけでなく、対応コストも考えておく

法的なリスクというのは、巨額の支払義務を負わされるような買取義務の規定だったり、逐一投資家にお伺いを立てないと何もできなくなったりするような事前承諾の規定だったりしますが、これらについては専門の弁護士による法務チェックを経れば、少なくともリスクを把握した上で締結することができると考えられます。

一方、法的な観点からはリスクが低い規定であっても、対応コストがかかる規定もあり、こういった規定については弁護士としてどこまで指摘するのか悩ましい面もあります。

例えば、一定の事項を決定する場合や一定の事項が発生した場合には投資家に通知するという規定は、通知さえしてしまえばよいため、法的なリスクが低い規定に分類できると考えられます。一方、通知さえすれば良いと言っても、あまりにも通知事項の対象が多かったりすると対応のコストがかかることとなり、会社にとって負担となる可能性があります。

ある程度バックオフィスの体制が整ってきている会社であれば、多少この点の負担が発生しても大きな問題はないと考えられますが、社長がバックオフィス業務も実施しているようなスタートアップ・ベンチャーの場合、会社の成長にとってもマイナスとなってしまいます。流石に、弁護士もバックオフィスの業務状況まで正確に把握していることはあまりないと思いますので、契約書を読んで、投資実行後に自分たちは本当にその内容を守ることができるのかということを考えてみましょう。

(オ)弁護士には何でも言ってみる

私が資金調達の案件を受けた場合に考えているのは、(i)迅速に資金調達を完了するための力になる、(ii)会社や経営者にとって致命的なリスクは何とかして排除する、(iii)やむを得ないリスクについてはそれが現実化しないように規定の調整を図るorそうならないように会社側にリスクを認識してもらい、将来違反が生じないようにするための注意換気をする、(iv)(ii)や(iii)の目的は達成しつつも、会社側と投資家側の関係に悪影響が生じないようにする(自分が悪者になるのはOK)などです。

上記から何となく伝わると思うのですが、なんだかんだいって投資家はリスクをとって大金を出してくれる貴重な存在であり、投資を受けた後は基本的に同じ目標に邁進していく仲間でもあるので、譲れないところは毅然と交渉しつつも、ある程度は投資家の立場に配慮したスタンスで契約書のレビューや修正などの対応を行うのが基本的なスタンスになります。

一方、上記のようなスタンスでレビュー結果を返した後、「うちの会社の状況と投資家から説明を受けていると投資契約書のこの部分についてはもっと当社に有利なように修正できるのではないかと考えられるのですが、難しいのでしょうか?」といったコメントが返って来ることがあります。そして、これに対して「一般論としてはそのような修正は投資家が受け入れないことが多いのですが、確かにそのような状況であればいけそうな気がするのでやってみましょう。」と返してチャレンジしてみると通るケースもあります。最初からそのような状況を察してかかる条件を提示できなかったのはまだまだ私の実力不足という点もあると思いますが、過去の経験から最大公約数的に最善と考える手段を提示するという方法は私以外の弁護士以外も採用しているのではないかと思いますので、何か自分で思いついた点があれば遠慮なく言ってみるのが良いのではないかと考えます。

なお、契約に関して、少しでも読み方に自信がない箇所がある場合には弁護士に相談するようにして下さい。起業家の方が契約書の内容を読み違えていることは少なくないからです。弁護士としてはちゃんと対応しさえすればリスクの低い規定と考え特にコメントしていないような場合でも、起業家が読み間違えていると、「対応しさえすれば」の対応が抜けてしまって契約違反になってしまうようなケースもあります

(カ)ラウンドごとに義務が重くなるのが普通で、軽くなることはあまりない

ので、外部から調達する際に投資契約等を締結する際には弁護士チェックを受けた方が良いですよというのが言いたいことです。

エンジェルやシードラウンドだと調達金額が大きくないので、弁護士コストをかけたくないと考え、そのまま自社チェックだけでファイナンスしているケースも多く、気持ちはもの凄く分かります。ただ、基本的には次のファイナンスの際には、新規投資家は既存の投資家と締結している投資契約の内容を確認しているケースが多く、そして、新規投資家の方が出す金額も多く強い立場にいることが多いため、既存の条件+αの条件の投資契約書等となることが多いです。つまり、シリーズAとかBから弁護士チェックを入れてその段階で修正してもらおうとしても、既存投資家からは「一度受け入れてもらったものをこちらの不利に変更するのはちょっと・・・」と、新規投資家からは「シード段階の投資家に与えられている権利なのに、シリーズAのリード投資家であるうちがその権利をもらえないのはちょっと・・・」と言われる可能性が高いということです。

その時点で弁護士コストが痛い出費というのは分かるのですが、せめて一回だけでも全体をレビューして致命的なリスクがないかは確認してもらった方が良いのではないかと思います。

(キ)NDAは締結すべきか

「調達の話を進める際にNDAを締結すべきか」は時々ベンチャー業界で話題になりますが、個人的には外部に開示してもよいレベルの情報を話すレベルに過ぎない際にはないまま話を進めても良いと思いますが、基本的には他社に知られると困るクリティカルな情報を開示する際にはNDAを締結すべきだと思っています。また、特許の出願を検討しているような知財ベンチャーの場合にはNDAの締結が必須でしょう。

なお、仮にNDAを締結した場合でも、その効力には限界がある点に留意しておく必要があります。すなわち、NDAにより損害賠償を請求するためには、少なくとも①NDAに違反した事実と、②①から因果関係の認められる損害が発生したことの立証が必要となりますが、①は先方側の事情であるため違反している事実自体を補足することが非常に難易度が高く、①を補足したとしても、②それの違反から自社にどの程度の金銭的な損害が発生しているのかを立証することはかなりハードルが高いためです。従って、NDAを締結した場合でも、投資を受ける蓋然性が高まっていないような段階では、どこまでコアな情報を出すかについては慎重に検討した方が良いです。投資を受けた後も、同じ問題はあるのですが、投資を受けた後は、投資家もこちら側の秘密を守るインセンティブが発生しているので、リスクは減少していると言ってよいと思います。

上記のようにNDAの法的な効力には限界があるものの、重要な情報を開示する場合にはNDAを締結しておくべきだと思います。なぜなら、過去何回か、投資の話をもちかけられて情報を開示したところ、同種の事業を開始されたという相談を受けたことがありますが、全てNDAを締結していないケースでした。悪いことをする奴ほど、法的なリスクをケアするものだなあという感想を抱いたのですが、逆に言えばNDAを締結しさえしていれば事実上そういった事態を阻止できる場合があるとも考えられます。

 

3. 株式譲渡と自己株式の取得の留意点

幹部クラスがジョインしてもらう場合に生株を渡すことや、逆に株式を持っている役職員が辞める場合にはその時点で経営陣に株式を譲渡してもらうことは珍しくないと思いますが、株式譲渡については手続に気を付けなければなりません。

エクイティファイナンスの場合と比較すると株式譲渡は問題が起こりやすいです。なぜなら、株式や新株予約権発行の場合には登記手続が必要となるので、不備があっても法務局で指摘されることが多いからです。また、仮に不備があったまま登記がされたとしても、その効力を争うためには会社法上「新株発行無効の訴え」「新株予約権発行無効の訴え」による必要があり、かつ、かかる訴えが発行の効力発生から1年以内に提起されなかった場合、発行は有効に確定するためです。

一方、株式譲渡の場合、①譲渡契約の締結、②譲渡承認請求、③譲渡承認決議、④承認通知、⑤名義書換請求という手続が必要になるところ、これは登記が必要になるものではないため、手続に漏れがあることが非常に多いです。特に、⑤の名義書換請求は、会社法上譲渡人と譲受人の連名で行うのが原則になっているところ、この手続が抜けているケースは珍しくありません。特に辞めてしまった人の押印が得られていないような場合には、かなり大きな問題となり得ます。

また、③の譲渡承認決議について、取締役会非設置会社の場合には定款で「代表取締役」が譲渡承認機関となっていることも珍しくありませんが、このような定めが置かれている場合であっても、その代表取締役自身が株式譲渡の当事者となる場合、利害関係があることから株主総会決議を経ておくべきという見解もあるため、そのような対応としておいた方が無難ではないかと考えます。

繰り返しですが、新たに幹部等としてジョインしてくる人に生株を渡す場合、前述の創業者株主間契約を締結しておいた方が無難ではないかと思います。

次に、辞める役職員から買い取るような場合やVCが満期を迎えて話し合いで株式を買い取るような場合において、経営陣にお金がない場合、会社で自己株式を取得することが検討される場合がありますが、自己株式の取得は要注意事項だと覚えておいて下さい。

なぜなら、会社法上、自己株式の取得については、①手続的な規制と、②財源規制が定められているからです。①については、適切に対応すれば対処可能なものなので今回は省略しますが、②は中々に難物です。

②について、前提として会社法上、「分配可能額」の範囲でのみ、会社は自己株式を取得することが可能です。そして、この「分配可能額」は基本的に剰余金の額を意味しますが、スタートアップ・ベンチャーの場合、Jカーブを描いているので、利益剰余金がマイナスになっていることが通常で、キャッシュがあっても自己株式を買うことはできない状況のことが多いです。場合によっては、減資を行い、資本金又は資本準備金の額を取り崩して剰余金の額をプラスにした上で自己株式を取得することもありますが、監査法人がついていない場合、後で監査を受けた際に剰余金の額が変動する可能性もあり得るため、かなり慎重に対応しましょう。

自己株式の取得に関しては、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金またはこれらの併科という重い法定刑が定められているので(会社法第963条)、IPO審査との関係でも、致命傷になりうるような重い問題です。なるべくならそもそもしない方が望ましく、もし実施せざるを得ない場合でも、専門家と相談の上慎重に対応すべき事項といえます。

自己株式の取得に関連してよく問題となるのが、会社から経営陣に対して金銭を貸し付け、それを原資として経営陣が株式を取得するパターンです。形式上は自己株式の取得に該当しないようにも見えますが、会社法上、自己株式の取得か否かは、会社の「計算において」行われたか否かで判断されるため、形式上譲渡人が会社でない場合でも、自己株式の取得規制に違反したと解される可能性はあります。従って、このような方法も避けておいた方が望ましいです。それでも実施する場合には、弁護士等への相談が必須だと思います。

 

4. 定時総会と役員選任の留意点(+株主総会一般の留意点)

会社を立ち上げて初年度を何とか乗り切った起業家は、初めての決算に立ち向かうことになり、頑張って決算を完了させ、定時総会を開催することを忘れます・・・

会社法上、定時株主総会は「定時株主総会は、毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならない。」と定められています(会社法第296条第1項)。そして、一般的には会社の定款において、事業年度の末日から3ヶ月以内に定時株主総会を開催しなければならない旨の規定が定められていると思います。

なぜ、3ヶ月以内かというと、確定申告は事業年度末から遅くとも3ヶ月以内に行わなければならず、確定申告では計算書類を提出しなければならないところ、未上場会社では、定時株主総会で承認された段階で計算書類が確定するからです。

上記では、「確定申告は事業年度末から遅くとも3ヶ月以内に行わなければならない」と書きましたが、税法上の原則としては、確定申告は事業年度末から2ヶ月以内に行わなければならないこととなっている点注意して下さい。この期間を一ヶ月伸ばすためには税務署への届出が必要となりますので、早い時点で顧問税理士に手続きをお願いしておきましょう。

定時総会の時期において、事業報告、計算書類、事業報告の附属明細書、計算書類の附属明細書の書類作成が必要となります。招集通知に添付するのは事業報告と計算書類だけなのですが(監査役設置会社の場合には監査報告書も必要になります。会計監査人がいるパターンは大分ステージが先なので、今回は省略します。)、会社法上は附属明細書の作成も必要となります。計算書類については確定申告に必要なので特に意識しなくとも税理士が作ってくれているケースが多いですが、他のものは忘れられるケースが多いので、注意するようにして下さい。

そして、定時総会に関しては、取締役会非設置会社の場合には定時株主総会の1週間前の日から、取締役会設置会社の場合には定時株主総会の2週間前の日から計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書を備え置かなければならないので、その日までには取締役決定又は取締役会を開催し、これらの書類を承認しておく必要があります。なお、取締役会設置会社の場合には、監査を受けたものを承認することとされているため(会社法第436条第3項)、この時点までには監査が終わっている必要があります。

上記を行った上で、株主に定時株主総会の招集通知を送付することになりますが、この場合、事業報告と計算書類(監査役設置会社の場合には監査報告書も必要になります。)を添付します。会社法上、招集通知においては附属明細書を添付する必要はありませんが、VC等の投資契約には附属明細書も提供することが義務付けられているケースが多いため、その場合には契約書で定められた時期までに附属明細書も提供する必要があります。招集通知の送付時期については、前記の「(iii)エクイティファイナンスの手続に関して知っておいた方が良いこと」の項目を読んでみて下さい。

また、定時総会の場合、臨時総会と異なり、議決権を有するのは事業年度末日の株主であることが定款で定められていると思いますので注意が必要です。

定時総会で注意してほしい事項の一つとして、役員の任期があります(ついでに定時総会プロパー以外の役員変更関係も説明します)。

まず、任期については、定款で「選任後●年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」と定められていることが一般的です(●の中は1~10のどれかの数字が入っていると思います。)。ここで注意しなければならないのは、役員の選任時期によっては意外と早く任期の終わりがくることです。例えば、事業年度が1月から12月の会社で、「選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」と定められている会社において、2020年12月に役員が選任された場合、選任から2年以内に終了している事業年度というのは、2021年1月から12月までの事業年度なので(2022年1月から12月までの事業年度は選任から2年経過時点では継続中)、2022年3月までに開催される定時総会にて任期が切れる(=場合によっては再任が必要となる)点にご注意下さい。すなわち「2年」という数字が書いてあっても、実際には1年ちょっとで任期が切れる場合があるのです。

取締役の任期についてもう一点気を付けておいて欲しいのは、定款では、増員や補欠の取締役の任期を現任の取締役と同じ任期に揃える旨の規定が定められていることが多いということです。例えば、上記の会社において、2020年3月の定時総会において1名しかいない取締役が再任され、2021年3月の定時総会において1名取締役が増員された場合、この2名の取締役の任期は、2022年3月の定時総会終結の際に満了します。なぜこのような規定が定められているかというと、この規定がない場合、2022年3月に1名取締役の任期が終わるのでその時点で再任して登記し、翌2023年3月に1名取締役の任期が終わるのでその時点で再任して登記し、というように毎年再任手続と登記手続が必要になってしまうからです。定時総会で必須の決議事項である、事業報告と計算書類の承認については登記事項ではないため、役員の任期を揃えておくと、登記の手間を省くことができます。登記は手間もかかりますし、役員選任だけでも3万円(資本金1億円未満は1万円)の登録免許税が発生します。なお、取締役とは異なり、増員監査役の任期は、定款によっても、他の在任監査役の任期と同一にするため従来の在任者の残存期間とすることはできないとされています。

少し話は変わりますが、役員選任を株主総会(定時に限らず)で行った場合、その後、取締役会決議か取締役決定が必要な場合が多いので気を付けて下さい。特に取締役会非設置会社の場合、全取締役が代表取締役であるというのが会社法の原則なので、別途定款の定めに沿って互選で一人を代表取締役にしておくなどしないと、想定していない取締役まで代表取締役になってしまう可能性もあります(ここは厳密にいうと、複雑な議論があるので、専門家に相談するようにして下さい)。

あと、役員報酬の額を変更する場合、定期同額給与になるための変更時期の制約があるので(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5211.htm 参照)、この点税理士と相談の上決定するようにして下さい。

 

5. ストックオプションについて

スタートアップ・ベンチャーだと、当初から十分な金銭報酬を役職員に付与することは難しいため、ストックオプションの付与を検討する会社が大半だと思います。ストックオプションは法的には「新株予約権」と呼ばれるもので、ざっくりいうとお金を払って株式を取得することができる会社法上認められている権利です。

最近ですと、①税制適格ストックオプション、②有償ストックオプション、③信託型ストックオプションの利用率が高いと思いますので、以下これらについて説明していきたいと思います。

①の税制適格ストックオプションは、無償で付与される新株予約権のうち、租税特別措置法に定められた一定の要件を満たしたものを言います。以下要件について説明します。

まず、付与対象者は、会社または会社の子会社の取締役、執行役又は使用人である必要があります。注意点としては、監査役は税制適格の対象に含まれない点です。少し余談ですが、弁護士は通常社外役員として参画する場合には監査役として参画するため、弁護士は税制適格ストックオプションをもらえないのが通常です。しかし、平成26年の会社法改正により、上場を狙える株式会社の形態として監査委員等設置会社というものができました。監査委員等設置会社の場合「監査委員」が従来の監査役のような役割を担うのですが、「監査委員」は「取締役」が就任するのです。従って、監査委員等設置会社であれば弁護士でも税制適格ストックオプションをもらえると考えられますので、ベンチャーを専門とする弁護士を監査委員にすることを検討している会社で、キャッシュフローは押さえたいので現金報酬は少なくしたいものの、SOは少し多めに出しても良いとお考えの会社があれば私までご一報いただければと思います(冗談ですが、ちょっとだけ本気です)。

次に契約書で以下に定められた要件を規定しておく必要があります。
・新株予約権の権利行使は、その付与決議の日後2年を経過した日からその付与決議の日後10年を経過するまでの間に行わなければならないこと
・新株予約権の権利行使価額の年間の合計額が1200万円を超えないこと
・新株予約権の行使価額が、新株予約権に係る契約を締結した時点における1株当たりの価額に相当する金額以上であること
・新株予約権について、譲渡してはならないとされていること
・新株予約権の権利行使に係る株式の交付がその交付のために付与決議がされた会社法第238条第1項に定める事項に反しないで行われるものであること
・新株予約権の権利行使により取得をする株式につき、その行使に係る株式会社と金融商品取引業者等との間であらかじめ締結されるその株式の振替口座簿への記載もしくは記録、保管の委託又は管理等信託に関する取決めに従い、一定の方法によりその取得後直ちにその株式会社を通じて、その金融商品取引業者等の営業所等に保管の委託又は管理等信託がなされること。

一杯あって、うへえと思うかもしれませんが、ぶっちゃけスタートアップ・ベンチャーに慣れている弁護士や司法書士なら「税制適格で」とオーダーさえ出せば基本的にはその前提で書類を作成してくれますので、それを顧問税理士に念のためチェックしてもらえば概ね大丈夫だと思います。ただ、「新株予約権の行使価額が、新株予約権に係る契約を締結した時点における1株当たりの価額に相当する金額以上であること」については弁護士や司法書士では確定できないので、検討が必要です。

一般的な行使価額の金額の決定の仕方としては、(i)株価を算定してもらう、(ii)前のファイナンス等のバリュエーションに合わせて発行する、の二つが主流だという認識です。(i)は分かりやすく証跡を残すことができますが、お金がかかります。優先株を発行しているような会社だと三桁万円かかることもあるとの認識です。

(ii)はどういうことかと言いますと、例えばシリーズAのファイナンスを1株5万円で行った場合、その後に発行するストックオプションの権利行使価額も5万円にしてしまうということです。シリーズAと同時にストックオプションの発行をすることはほとんどないので(ファイナンスで得たお金で採用活動を行った後にストックオプションを付与することが多いので)、少し期間は空いてしまいますが、通常スタートアップ・ベンチャーだとJカーブを描いているので、赤字を出している状態だからそこまで株価は上昇していないだろうと考えられること、そもそも優先株の場合には、A種優先株式の株価よりも、普通株式の方が安いと考えられるため、多少のバッファがあることなどから、多少期間が空いたとしても、少なくとも発行時点における「普通株式の時価以上」であると考えられることが多いと思われます。ただ、次のファイナンスが見えており、また、その金額も概ね決まっているような場合には、前のファイナンスのバリュエーションを使用するようなことはリスクがあるような気はします。色々と語ったものの、この点は法律マターではないため、最終的には顧問税理士等とご相談の上決定いただくようお願いいたします。

②の有償ストックオプションは、時価で新株予約権を発行するものです。①でも時価で発行と言ってたじゃないかと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、①における時価というのは普通株式の時価で、その時価以上に行使価額をしなければならないという意味で、②の時価は株式ではなく予約権そのものの時価を意味しております。

②の有償ストックオプションのメリットは、税制適格ストックオプションの対象とならない者に対しても、税制上のメリットのある新株予約権を発行できることです。すなわち、監査役だったり外部協力者だったりに対しても、譲渡所得のみが課税される新株予約権を発行することができます。あとは3分の1以上株式を持っている代表取締役に発行しているケースもたまに見ます。

デメリットとしては、まず、付与対象者がお金を払わないともらえないという点があげられます。算定の結果次第ではまあまあな金額になることもあるので、付与対象者にとってそれなりに負担となる可能性もあります(この点は、お金を出すことで当事者意識が生まれるというメリットでもあるかもしれません。)。あと、①よりも通常お金がかかるとの認識です。新株予約権の場合には、ブラックショールズやモンテカルロといった格好良い名前のついた計算式で予約権の価値を計算するのですが、これらの前提として株価を計算する必要があるため、その時点で①と同等以上の工数が発生すること、また、これらが難解であるため、その分専門家の費用がお高くなるとの認識です(この点は専門外なので、もしかしたら間違ってるかもしれません。)。

ちなみに①のストックオプションを取締役に発行する場合には、報酬決議を経ておく必要があるのですが、②の場合には対価を払い込んでいるため、報酬決議は行っていないとの認識です。但し、会社法との関係では、有名な弥永先生という方が、報酬決議が必要な可能性があるのではと述べておられるので、個人的には少し悩ましいところではあります。ただ、もしIPO審査等で何か言われた場合には、追認で報酬決議やればよいかなと思うところでもあります。

③の信託型ストックオプションは、②の有償ストックオプションの一種なのですが、最初の時点では従業員等に割り当てず、受託者にストックオプションを預けて(信託して)、上場後にそれまでの貢献に応じてストックオプションを配るというスキームです。

①や②の場合、従業員等に付与する瞬間の時価を使用しなければならないところ、会社が成長するに従って時価もどんどん増加していくことから、後から入ってくる従業員等に対して同じ量のストックオプションを付与しても、インセンティブが弱くなってしまうからです。分かりやすくするために敢えてもの凄く雑な説明をすると、時価総額が100億円で上場すると仮定した場合、時価総額10億円の時にSOをもらった人は90億円分の企業価値上昇分の恩恵を受けられるのに対し、時価総額80億円の時にSOをもらった人は20億円分しか企業価値上昇の恩恵を受けられません。

一方、信託SOは時価総額10億の時にSOを発行しておけば、時価総額80億円の時に入社した人も時価総額10億円からの企業価値上昇分の恩恵を受けることができるというメリットがあります。

それだけ聞くと信託SOを使わない理由がなさそうにも思えますが、一番のデメリットはコストです。業者によっても金額は様々ですが、最低でも数百万、四桁万円かかることも珍しくないという理解です。また、信託SOだと、実際に配られるまで自分にどれだけもらえるかが分からないため、三顧の礼をもって迎えるような幹部などに対しては、税制適格SOなどを併用して付与しているケースが一般的との認識です(最近は、信託SOの場合でも一部は途中で付与できるような設計となっているケースもあるとの認識ですが、当該設計で税務等の問題が生じないのかは現時点では私としては判断できていません。)。なお、信託SOについては、当初の設計が適切にできていなかったために、問題が生じたというケースもいくつか聞き及んでいますので、発行する場合にはきちんとした実績があるところに依頼した方が良いと思います。

 

6. その他コーポレート関係で知っておいた方が良いこと

気を付けなければならないことは無限にあるので、全ては書ききれないのですが、よく問題となりそうな点を思いつくままに書き殴っていきたいと思います。

(1)監査役の報酬は取締役会に委任できない

監査役の報酬は株主総会決議で決めますが、具体的な金額は総会で決定せず枠だけ決めることも多いです。ここで、取締役の報酬の場合には、株主総会で枠をとった後、取締役会(又は取締役か代表取締役)が具体的な金額を決定するということも可能ですが、監査役の場合には、具体的な金額は監査役が決定するというルールになっています。従って、枠をとる際は不用意に上限を大きな金額とせず、実際に支払う金額に近い金額を設定しておきましょう。

(2)株主総会議事録に誰が押印するか

取締役会議事録については会社法上参加した取締役と監査役が押印することになっていますが、実は株主総会議事録には誰が押印するかの規定はありません。なので、定款に特に定めがない場合には代表取締役のみが押印しているケースが多いです。

気を付けなければならないのは定款で押印義務者が定められている場合です。例えば、出席取締役が押印すると定められていれば、出席取締役全員の押印が必要となりますので、気を付けましょう。なお、上記のとおり会社法上はこのような押印は要求されておらず、取締役の人数が増えると押印手続も大変になることから、そもそも設立の際にこのような規定は定めない方がよく、既にこのような規定がある場合には他の株主総会決議を行う場合に削除してしまうことも考えられます。

(3)特別利害関係取締役のチェックを忘れないように

会社法第369条第2項は「前項の決議について特別の利害関係を有する取締役は、議決に加わることができない。」と定めており、特別利害関係取締役は決議に参加できないこととされているので、特定の議案について利害関係を持つ取締役がいる場合には注意が必要です。

スタートアップ・ベンチャーでよく忘れがちなのは、VC等の投資家から投資を受けて当該VC等から取締役の派遣を受けている状況において、当該投資家から追加調達するような場合です。派遣されている取締役が直接の契約当事者でなくてもファンド(又はファンドのGP)の代表を務めているような場合には特別利害関係取締役として決議に参加できないと考えられるため、この点は気を付けるようにして下さい。弁護士もそこまではチェックが及ばないケースがあると思いますので、会社でチェックしておいた方が良いです。この場合、利益相反取引としての決議を行うことになりますので、忘れずに行った上で議事録に記載しておきましょう。

 

7. おわりに

色々と書いてきましたが、ここに書いてあるのは特に知っておいて欲しい事項であり、また、最初に書いたとおり敢えて書いていないこともあります。また、法律の改正も頻繁にあり、また、ファイナンスの手法などは日進月歩でもあるため、ここに書いてあることが古くなってしまうことも多々あると思います。

従って、具体的な案件等があった場合には、是非当事務所にお気軽にご相談いただければと思います。基本的には紹介メインで案件をお受けしているのですが、無料相談は紹介がなくとも対応可能ですので、是非無料相談もご利用下さい。詳細は下記のURLの一番下に記載されています。

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最後固くなってしまいましたが、本記事が、少しでも多くのスタートアップ・ベンチャーの皆さんのお役に立てれば幸いです!