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コンテンツビジネスにおいておさえておきたいプロバイダ責任制限法の改正ポイント

■目次
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1. 新たな裁判手続の創設
2. 情報の開示対象の拡大
3. おわりに
 

プロコミットパートナーズ法律事務所、弁護士の石原です。

世は大SNS時代に突入し、誰でもネット上で簡単に自己表現し、たくさんの人に向けて情報発信することができるようになりました。10代、20代の多くは、もはやGoogleではなくInstagramやTikTokで情報収集をしていますし、ベンチャー・スタートアップにおいてもSNSマーケティングは欠かせない要素となっています。

同時に、SNS上での誹謗中傷が社会問題化するなどの経緯があり、円滑な被害者救済のため、プロバイダ責任制限法(通称)が改正され、ネット上に書き込みなどを行った本人を特定するための発信者情報開示手続について、新たな手続が創設されることとなりました。なお、プロバイダ責任制限法の正式名称は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」、今回の改正法の施行日は2022年10月1日です。

個人に対する誹謗中傷はもちろん、企業イメージを著しく害したりその法的権利を侵害するような書き込みも、要件を満たせば発信者情報開示請求の対象となり得ます。また、後述するとおり、今回の改正によりログイン情報が明示的に開示対象に含まれることになったので、SNSサービスやコンテンツ配信のプラットフォームを運営する事業者は、コンテンツプロバイダとして発信者情報開示請求に応じて情報開示を求められる立場に立つことが増えると予想されます。顔の見えない相手からネット上で誹謗中傷、業務妨害、著作権侵害などの権利侵害行為を受けた場合、どのような救済方法が用意されているのでしょうか。今回のコラムでは、従前の制度内容を概観しつつ、改正法による新設制度、変更点のポイントについて解説します。

1. 新たな裁判手続の創設

ネット上の匿名の投稿によって権利侵害を受けた場合、損害賠償請求などにより被害を回復するには、まずその請求の相手方=「発信者」を特定しなければなりません。そのための被害者の権利が、プロバイダに対する「発信者情報開示請求権」です(改正前プロバイダ責任制限法第4条)。

プロバイダが自主的に発信者情報を開示してくれればスムーズなのですが、投稿者側の「表現の自由」や個人情報保護という問題もあり、プロバイダ側としても安易に情報開示に応じるわけにもいきません。投稿内容が権利侵害に該当するか否かの判断が困難なケースはもちろん、権利侵害が明白と思われるような場合であっても、実務上、発信者情報がプロバイダ側から任意に開示されることは多くはありません。そのため、現行法下では、多くの場合、①コンテンツプロバイダ(投稿の場・サービスを提供している事業者)への開示請求、②アクセスプロバイダ(インターネット接続サービス事業者)への(消去禁止の仮処分及び)開示請求という手続きを経て、まず発信者を特定した上で、③発信者に対する損害賠償請求等を行うという3段階の裁判手続が必要となっており、これらの手続に多くの時間とコストがかかり被害者の大きな負担となっていることが指摘されてきました。

※総務省「発信者情報開示の在り方に関する研究会 最終とりまとめ」3-5頁

上記①、②がなぜ分かれているかというと、コンテンツプロバイダは発信者のIPアドレスやタイムスタンプといった情報を保有するのみで、氏名や住所などの情報を持っていないことが多いため、①まずコンテンツプロバイダへ仮処分の申立てを行い、IPアドレス・タイムスタンプの情報を開示してもらった上で、②アクセスプロバイダに対して発信者の氏名・住所の開示を請求する(訴訟提起に加え、消去禁止の仮処分申立てを伴います。)というステップを踏む必要があるためです。

そして、発信者情報開示請求権が裁判で認められるためには、発信された情報の流通によって請求者の権利が侵害されたことが明らかであって、かつ、損害賠償請求権の行使その他の開示を受けるべき正当な理由があると認められることが必要です。

①の手続には通常国内プロバイダで2週間~2か月、海外プロバイダで3~4か月程度、②の手続には訴訟提起から開示判決まで通常それを経て発信者を特定できてやっと、発信者に直接アプローチすることが可能となるわけです。面倒で時間のかかる手続を踏んでいるうちにプロバイダ側の通信記録の保存期間が過ぎてしまい、記録が消滅し、結局発信者が特定できないという事態もたびたび生じます。そこで、今回の改正では、発信者情報の開示請求を1つの手続で行うことを可能とする新たな手続(非訟手続。国家が私人間の生活関係に後見的に介入してその調整を図る民事行政作用を規律する手続であり、訴訟手続に比べて手続が簡易であるため迅速処理が可能とされています。)が創設されました。

改正法下では、これまでの仮処分や発信者情報開示請求とは別の手続として、IPアドレスなどの開示を求めてコンテンツプロバイダを相手方とする発信者情報開示命令の申立てを行うと同時に(改正法第8条)、コンテンツプロバイダに対する提供命令の申立てを行うことができます(改正法第15条)。提供命令とは、裁判所がコンテンツプロバイダに対し、アクセスプロバイダの情報を提供すること及びコンテンツプロバイダ等が保有するIPアドレス等を申立人には教えないままアクセスプロバイダに提供するように命じるもので、申立てを受けた裁判所は、開示命令よりも緩やかな要件により提供命令を発令することができます。

その後は、提供命令により判明したアクセスプロバイダに対しても、発信者の氏名等の開示を求めて発信者情報開示命令の申立てをすることができます。両者に対する発信者情報開示命令の申立ては、併合して一体的に審理されることが予定されているので、同一の裁判官による迅速で一体的な判断が期待され、1回の手続で発信者情報の開示が実現されることになります(理想的に機能した場合は全体で3か月程度になるのではないかと言われています。)。

なお、提供命令の申立ての他に、アクセスプロバイダ側で発信者情報が消去されることを防止するための発信者情報の消去禁止命令の申立ても合わせて行うことができ(改正法第16条)、これにより、通信記録の保存期間が過ぎてしまう危険を可能な限り少なくすることができると期待されます。

発信者情報開示命令では担保金の納付が必要なく、これが従来の仮処分の手続と比較して請求者にとっての大きなメリットの一つです。

また、従来の手続では相手方へ申立書の副本の送達が必要であり、プロバイダが海外法人の場合は国際送達を行わなければならず、これも迅速性を阻害する要因の一つでした(海外送達には半年から1年程度かかります。)。新たな非訟手続では「申立書の写しの送付」(改正法第11条)という簡易な方法で足りることとされているので、特に海外のプロバイダを相手方にする場合、従来よりも迅速な手続の進行が期待できます。

開示命令申立ての裁判管轄は、相手方の主たる営業所の所在地を管轄する裁判所に申立てが可能なほか(改正法第10条第2項)、管轄権を有する裁判所が東日本(東京高裁、名古屋高裁、仙台高裁、札幌高裁管内)であれば東京地方裁判所、西日本(大阪高裁、広島高裁、福岡高裁、高松高裁管内)であれば大阪地方裁判所にも申立てが可能とされています(同第3項)。

以上が新たに創設された開示請求手続の概要ですが、現行の開示請求手続も併存する形になっているので(改正法第5条)、どちらの手続を選択することもできます。争訟性が低く訴訟に移行しないような事件についてはまず非訟手続で早期解決を図り、非訟手続における開示可否の判断に異議がある場合に、訴訟手続において慎重な審理を行うといった選択が考えられます。なお、新たな発信者情報開示命令事件の裁判手続によっては、投稿の削除を求めることはできない一方、仮処分による場合は、管轄裁判所が同一になる場合であれば合わせて投稿の削除も求めることができるため、コンテンツプロバイダに対して投稿の削除も同時に求めたい場合には、従来の仮処分の手続を用いることになるでしょう。

2. 情報の開示対象の拡大

今回の改正では、開示請求を行うことができる範囲も見直されています。

プロバイダ責任制限法が制定された2001年当時に主に問題となっていたのは、ネット上の匿名掲示板上で権利侵害投稿がなされるようなケースです。このような匿名掲示板への投稿では、個別の投稿ごとにIPアドレス等が記録されることが多いため、投稿時の発信者情報の開示を認めることで、投稿者を特定することができていました。これに対して昨今問題となっているのは、Twitter、Facebook、InstagramなどのSNSを利用した権利侵害投稿です。このようなSNSでは、ユーザーがサービスにログインした時の通信は記録されているものの、個々の投稿時の通信は記録されていないことが多いのです。

改正前のプロバイダ責任制限法は、開示請求の対象について、「権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。)」(旧プロバイダ責任制限法第4条第1項)と定めた上で、これを受けた総務省令で、以下の情報をいうものと定めていました。

①発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名・名称

②発信者その他侵害情報の送信に係る者の住所

③発信者の電話番号

④発信者の電子メールアドレス

⑤侵害情報に係るIPアドレス及び当該IPアドレスと組み合わされたポート番号

⑥侵害情報に係る携帯電話端末又はPHS端末からのインターネット接続サービス利用者識別符号

⑦侵害情報に係るSIMカード識別番号のうち、当該サービスにより送信されたもの

⑧⑤のIPアドレスにより割り当てられた電気通信設備、⑥の携帯電話端末等からのインターネット接続サービス利用者識別符号に係る携帯電話端末等又は⑦のSIMカード識別番号に係る携帯電話端末等から開示関係役務提供者の用いる特定電気通信設備に侵害情報が送信された年月日及び時刻

上記の条文を形式的に適用すると、「侵害情報の送信」に当たらない単なるログイン時の通信に関する情報については開示請求の対象外であり、ログイン情報のみを記録しているSNSサービスについては一切の発信者情報開示が不可能ということになってしまいます。この点について、従来の裁判所の判断は分かれており、個別事情に着目してログイン情報の開示請求を認容した例もあれば、請求を棄却した例もあります。

今回の改正では、ログイン時情報の開示に関し、ログイン時やログアウト時の通信を「侵害関連通信」とし、この侵害関連通信に係るIPアドレス等の発信者情報を「特定発信者情報」として、発信者情報開示命令の対象とすることで、上記のようなログイン型のSNSサービスにおけるログイン時の情報も、一定の要件のもとで開示の対象とすることが明確になりました(改正法第5条第1項第3号)。具体的には、従来の開示の要件である①権利侵害の明白性(改正法5条1項1号)、②開示を受ける正当理由(改正法5条1項2号)に加えて、③補充性(改正法5条1項3号イ~ハ)、すなわちログイン時情報しか保有していないなどのやむを得ない事由が必要となります。侵害情報と関係の薄い他の通信の秘密やプライバシーへの配慮から付加された要件です。

これにより、一定の要件のもとで、ログイン時のIPアドレスなどからログインのための通信経路を辿って発信者を特定することができるということが条文上明確となりました。

3. おわりに

発信者情報の開示請求は、これまで仮処分申立てと訴訟という手続で行われていましたが、新設された発信者情報開示命令では、訴訟ではなく非訟手続で一体的に審理し、迅速に開示してもらう点に特徴があります。施行前のため、発信者情報開示命令事件の審理期間がどの程度になるかは分かりませんが、従来の手続よりはスピーディーに開示されることが期待されます。

いずれにせよ、SNSで匿名の第三者によってあらぬ悪評が流されたり、著作権侵害と思われるような投稿がされるなどによって損害が生じたような場合には、すぐに投稿者を特定することは難しい場合が多いため、ログ情報が削除されてしまう前に、期間を開けずに発信者情報開示の手続を行うことが重要となります。

また、SNS上で一度流された情報の流通速度はとても速いです。裁判所における手続が複雑で分かりにくいことに加え、そもそも問題の投稿が法的に損害賠償できるような権利侵害行為に当たるかどうか悩ましいケースも多いと思われるので、実際の投稿に関する証拠を保存した上で、お早めにご相談いただければと思います。