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スタートアップのための定時株主総会ガイド(事業報告・附属明細書のひな型付き)

定時株主総会とは、毎事業年度の終了後一定の時期に開催が必要となる株主総会です(会社法296条1項)。計算書類の承認と事業報告の報告がメインの議題で、役員の任期が切れる年は役員選任もここで行います。

監修:長尾卓弁護士(プロコミットパートナーズ法律事務所)

今回は、スタートアップの定時株主総会について書いていこうと思います。決算期が終わった後、「定時総会って何をすればいいんでしたっけ」「事業報告って何を書けばいいんですか」というご相談を、私たちは毎年たくさんいただきます。特に事業報告と事業報告の附属明細書は、上場企業向けの情報ばかりで、スタートアップがそのまま使えるひな型がほとんど公開されていない領域です。

そこでこの記事では、非上場のスタートアップを前提に、定時総会のスケジュールから必要書類、事業報告・附属明細書に「最低限何を書けばよいか」までを整理しました。記事の後半では、事業報告と事業報告の附属明細書のひな型(Word)を無償公開しています。

なお、本記事はシードからシリーズAくらいまでの非公開会社(監査役会や会計監査人を置いていない会社)を想定しています。監査役会設置会社となっているような会社では、手続や書類が本記事の内容より複雑になるため、本記事の対象外です(当事務所では監査役会設置会社のクライアントも数多くサポートしていますので、該当する会社は個別にご相談ください)。

定時株主総会とは〜何をする場なのか

要点: 定時総会ですることは、①計算書類の承認(必須)、②事業報告の内容の報告(必須)、③役員の任期が切れる年はその選任、の3つが基本です。

定時株主総会は、毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならないとされている株主総会です(会社法296条1項)。「決算の総会」と言えばイメージしやすいと思います。

やることの基本セットは次のとおりです。

議題 位置づけ 根拠
計算書類の承認 決議事項(承認が必要) 会社法438条2項
事業報告の内容の報告 報告事項(承認は不要) 会社法438条3項
役員の選任(任期満了の年のみ) 決議事項 会社法329条
役員報酬の決定・改定(必要な場合) 決議事項 会社法361条

ここで意外と間違えやすいのが、計算書類は「承認」、事業報告は「報告」という区別です。招集通知や議事録で「事業報告の承認の件」と書いてしまっている例を時々見かけますが、事業報告は承認決議の対象ではありません。細かい点ですが、書類の正確性に関わるところなので押さえておきたいポイントです。なお、これはあくまで株主総会での取扱いの話で、その前段階の取締役会では、計算書類だけでなく事業報告やこれらの附属明細書も承認事項です(会社法436条3項)。取締役会非設置会社でも、実務上は取締役の過半数による決定(取締役決定書)で計算書類・事業報告を承認したうえで総会に進むのが通例です。

表の4つ目の役員報酬についても触れておきます。取締役の報酬等は、定款に定めがない限り株主総会の決議で定める必要があります(会社法361条1項)。税務上、役員給与を損金算入するには原則として「定期同額給与」(法人税法34条1項1号)である必要があります。そして、役員報酬を改定する場合には、原則として事業年度開始の日から3か月以内に行わなければ、「定期同額給与」に該当しないとされています(法人税法施行令69条1項1号イ)。定時総会は決算後3か月以内に開催されるのが通常なので、役員報酬の改定は定時総会にあわせて行うのが実務の定番です。なお、当事務所は税務の専門家ではないので、定期同額給与をはじめとする役員給与の税務上の取扱いは、最終的には顧問税理士にご確認ください。

また、定時総会が終わると法人税の申告です。法人税の確定申告は「確定した決算」、つまり定時総会で承認を受けた計算書類に基づいて行うこととされており(法人税法74条1項)、申告期限は原則として事業年度終了の日の翌日から2か月以内です(同項)。決算→定時総会での承認→税務申告、という順序になっているため、総会が終わらないと申告ができない建て付けです。総会が2か月より後になる場合には、申告期限の延長の特例(法人税法75条の2)の申請を検討することになります。

ちなみに、「定時総会は決算後3か月以内に開催」とよく言われますが、実は会社法にそのような直接の規定はありません。議決権の基準日を定めた場合に、基準日株主が行使できる権利は基準日から3か月以内のものに限られる(会社法124条2項)ため、定款で「事業年度末日の株主が定時総会で議決権を行使できる」と定めている通常の設計だと、結果的に3か月以内の開催が必要になる、という仕組みです。

全体スケジュール〜決算日から逆算する

要点: 3月決算なら、4〜5月に計算書類・事業報告を作成、(監査役がいれば)監査を経て、6月下旬までに総会、というのが標準的な流れです。

3月決算・6月総会の会社を例にすると、次のようなスケジュールになります。

時期 やること 根拠・補足
3月31日 決算日(=通常は議決権の基準日) 定款に基準日の定めがあれば公告は不要(会社法124条3項ただし書)
4月〜5月 計算書類・事業報告・これらの附属明細書を作成 会社法435条2項
作成後 (監査役設置会社)監査役の監査 監査報告の通知期限は書類受領から原則4週間(会社計算規則124条1項1号、会社法施行規則132条1項1号)。監査役がこれより早く通知すればその時点で監査完了(各2項)
監査後 (取締役会設置会社)取締役会で計算書類等の承認+総会招集の決定 会社法436条3項・298条4項
総会の1週間前(取締役会設置会社は2週間前)の日 計算書類等の本店備置き開始 会社法442条1項
総会の1週間前まで 招集通知の発送 会社法299条1項(非公開会社の場合)
6月下旬 定時株主総会 基準日から3か月以内(会社法124条2項)
総会後遅滞なく 決算公告(貸借対照表の公告) 会社法440条1項
総会後2週間以内 (役員の重任等があれば)変更登記 会社法915条1項

実務でつまずきやすいポイントを2つ挙げておきます。

① 招集通知の「1週間前」の数え方

定款で「総会の日の1週間前までに発する」となっている場合、発送日と総会日を除いて、中7日を空ける必要があるとされているため、「1週間前だから7日前に出せばよい」と考えると日数が足りなくなります。実務ではこの数え間違いが結構あります。また、総会日から逆算して中7日を空けた発送期限が土日祝日にあたる場合には、その前の平日までに発送しておいた方が安全です。取締役会非設置会社であれば、定款でこの期間が短縮されているケースもあります(会社法299条1項)。

② 間に合わないときの救済手段

発送が間に合わない場合、株主全員の同意があれば、招集手続を省略することができます(会社法300条)。ただ、ここで注意したいのは、招集手続の省略への同意(会社法300条)と、議決権代理行使の委任状(会社法310条1項)は別物ということです。省略の同意書をもらったからといって総会に出席しない株主の議決権代理行使ができるわけではないので、欠席株主からは議決権代理行使の委任状を別途取得する必要があります。

総会を開かずに書面で完結させる方法(書面決議)

要点: 株主全員の書面同意があれば、実際に総会を開催せずに決議があったものとみなせます(会社法319条)。計算書類等の事前の備置き期間の縛りがなくなるためスケジュールを大幅に短縮でき、株主数が少ないシード期のスタートアップでは、この書面決議で定時総会を完結させる例が多いです。

株主が創業者と数名の投資家だけ、という会社であれば、全員から同意書を回収して書面決議(みなし決議)で済ませるのが実務では主流です。報告事項(事業報告)も、株主全員に通知したうえで全員の同意があれば報告があったものとみなせます(会社法320条)。定時総会の目的事項のすべてが書面決議で可決されれば、そのときに定時総会が終結したものとみなされます(会社法319条5項)。

書面決議の一番のメリットは、実開催であれば必要になる「総会の日の1週間前(取締役会設置会社は2週間前)の日から」という計算書類等の備置き期間の縛りがなくなることです。書面決議の場合、備置きの起算日は「提案があった日」になるため(会社法442条1項1号)、決算と書類が固まり次第、提案と同意の収集をすれば、最短でその日のうちに定時総会を完結させることができます。

ただし、落とし穴が2つあります。

  • 書面決議をするには株主全員からの同意が必要であるため(会社法319条1項)、1名でも同意書の提出漏れがあると決議は不成立です。株主数が多くなってきた会社では、全員回収の負担とリスクを考えると、実開催の建て付けにして欠席株主から委任状をもらう方式のほうが安全なことも多いです。
  • 書面決議でも、同意書面は決議があったとみなされた日から10年間の本店備置きが必要です(会社法319条2項)。計算書類等の備置き(会社法442条1項)も、起算日が「提案があった日」になるだけで必要なことに変わりはありません。

このため、備置き期間が確保できないなどスケジュール上やむを得ない場合を除いては、書面決議ではなく通常どおり総会を開催する建て付けにして、出席できない株主からは委任状を提出してもらう、という対応にした方が無難です。

必要書類の一覧〜どれを作り、どれを配り、どれを備え置くか

要点: 作成義務があるのは計算書類(4点セット)・事業報告・これらの附属明細書です。このうち総会に提出するのは計算書類と事業報告で、附属明細書は本店備置きで開示します。備置きは総会の1週間前(取締役会設置会社は2週間前)の日から始める必要があります。

書類 作成義務 総会への提出 招集通知への添付 本店備置き
計算書類(貸借対照表・損益計算書・株主資本等変動計算書・個別注記表) あり(435条2項) あり(438条1項) 取締役会設置会社のみ(437条) 総会の1週間前の日※から5年間(442条1項)
事業報告 あり(435条2項) あり(438条1項) 取締役会設置会社のみ(437条) 総会の1週間前の日※から5年間(442条1項)
計算書類の附属明細書 あり(435条2項) なし なし 総会の1週間前の日※から5年間(442条1項)
事業報告の附属明細書 あり(435条2項) なし なし 総会の1週間前の日※から5年間(442条1項)

※取締役会設置会社は総会の2週間前の日から。書面決議の場合は提案があった日から。

見落とされがちなのは次の3点です。

  • 計算書類は4点セットです。貸借対照表と損益計算書だけでなく、株主資本等変動計算書と個別注記表も作成義務のある計算書類です(会社計算規則59条1項)。
  • 附属明細書も作成義務があります。「作ったことがない」という会社も実際には少なくないのですが、会社法435条2項が作成を義務付けている書類です。総会に出す書類ではなく、本店に備え置いて株主・債権者の閲覧に備える書類という位置づけです(会社法442条1項1号)。
  • 備置きの開始日にも注意してください。計算書類・事業報告・これらの附属明細書は、総会の日の1週間前(取締役会設置会社は2週間前)の日から本店に備え置く必要があります(会社法442条1項1号)。総会当日までに書類が完成していればよいわけではない、ということです。この関係で、計算書類等を承認する取締役決定・取締役会から総会当日までは、1週間(取締役会設置会社は2週間)以上の間隔を空けてスケジュールを組む必要があります。

なお、招集通知に計算書類・事業報告を添付する義務があるのは取締役会設置会社だけです(会社法437条)。取締役会非設置会社では添付は必須ではなく、総会に提出すれば足ります。もっとも、これは義務の話で、実務では取締役会非設置会社でも計算書類・事業報告を招集通知に添付して送るのが通常です。株主が事前に内容を確認できた方が総会もスムーズですし、投資契約上の情報提供義務(後述)への対応にもなるためです。

事業報告には何を書くか

要点: 非公開会社の法定記載事項は、実は「株式会社の状況に関する重要な事項」(会社法施行規則118条1号)だけです。ただし実務では、株主である投資家への情報提供も兼ねて、もう少し充実した記載にする例が多いです。

事業報告の記載事項について検索すると、役員報酬や社外役員の状況など細かい項目がたくさん出てきますが、それらの大部分は公開会社(株式の全部又は一部に譲渡制限のない会社、会社法2条5号)向けの規律です(会社法施行規則119条〜124条)。スタートアップは通常、全株式に譲渡制限のある非公開会社なので、法定の記載事項は施行規則118条、実質的にはその1号の「株式会社の状況に関する重要な事項」だけということになります。

とはいえ、「何か重要なことを書け」と言われても困ると思うので、事業報告のひな型(Word)を、この記事の下でダウンロードできるようにしています。任意項目には注記を付けているので、自社のステージに合わせて削って使ってください。

事業報告の附属明細書には何を書くか

要点: 「事業報告の内容を補足する重要な事項」を書く書類ですが(会社法施行規則128条1項)、補足すべき事項がなければ「該当事項はありません。」で足ります。それでも作成義務自体はなくならない、という点がポイントです。

事業報告の附属明細書は、おそらく定時総会の書類の中で一番「何を書けばいいのか分からない」と言われる書類ですが、非公開会社の場合には、法律上記載が義務付けられているのは「事業報告の内容を補足する重要な事項」(会社法施行規則128条1項)だけです。補足すべき重要な事項がなければ、内容は「該当事項はありません。」で問題ありません。

よく登場する「役員の兼職状況の明細」は、法律上は公開会社にのみ義務付けられる記載です(会社法施行規則128条2項)。ただ、実務では非公開会社でも記載する例が多く、役員が他社の役員を兼ねていることが多いスタートアップでは、株主への情報提供として記載しておく価値のある項目だと思います。

実務の標準形は、次の3項目構成です。

  1. 会社役員の他の会社の業務執行取締役等との兼職状況の明細(表形式)
  2. 親会社等との間の取引に関する事項(通常は「該当事項はありません。」)
  3. その他事業報告の内容を補足する重要な事項(通常は「該当事項はありません。」)

こちらも事業報告の附属明細書のひな型(Word)を下で公開しています。

ひな型のダウンロード

事業報告・事業報告の附属明細書のひな型(Word形式)は、以下からダウンロードできます。いずれも非上場のスタートアップ(取締役会設置・非設置の両方)を想定したものです。

本ひな型はプロコミットパートナーズ法律事務所が作成したものです。転載は自由ですが、必ず当事務所が作成したものであることと、https://pcpl.jp/ のURLを明記していただくようお願いいたします。

実務でよくつまずくポイント

要点: 毎年ご相談の多い論点をまとめました。役員の重任と任期の数え方、招集通知・委任状のメール対応、基準日後に増資した場合の議決権、決算公告、投資契約との関係です。

役員を重任するときの就任承諾書は省略できる

任期満了に伴う重任の場合、被選任者が総会に出席し、席上で就任を承諾してその旨が議事録に記載されていれば、登記の際に就任承諾書の添付を省略できます(議事録の記載を援用)。重任なら本人確認書類も不要です。新任の役員や欠席した役員、書面決議による場合はこの方法が使えないので、就任承諾書を別途取得してください。

なお、取締役の任期が満了すると代表取締役としての地位も終了するので、重任の場合は、総会後に代表取締役の選定(取締役会設置会社は取締役会決議、非設置会社は定款の定めに応じて互選等)も忘れずに行ってください。

役員の任期は「定時総会のタイミング」で切れる

役員の任期は、「選任後4年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」といった形で定められているのが通常です(会社法332条参照)。つまり、選任から丸4年で切れるのではなく、定時総会のタイミングで切れます。このため、例えば任期4年の会社でも、事業年度の後半に選任された役員は、3年ちょっとしか経っていないのに再任(重任)が必要になることがあります。

さらに、大半の会社では、定款に「増員又は補欠により選任された取締役の任期は、他の取締役の任期の残存期間と同一とする」といった、途中から入った役員の任期を既存の取締役に合わせる定めがあります。この場合、後から選任された役員の任期はさらに短くなります。「あの役員は去年選任したばかりだから今年は関係ない」という思い込みがいちばん危ないので、定時総会のたびに、定款の任期規定とあわせて全役員の任期を確認するようにしてください。

招集通知や委任状はメールでもよいか

スタートアップの皆様からよくいただく質問です。会社の機関設計によって扱いが異なります。

  • 取締役会非設置会社: 招集通知の方法に法律上の制限はなく、書面である必要はありません(会社法299条2項参照)。メール等で送っても適法です。
  • 取締役会設置会社: 招集通知は書面で行うのが原則です(会社法299条2項2号)。メール等の電磁的方法によるには、あらかじめ株主の承諾を得る必要があります(同条3項)。実務では、株主からメール送付の承諾を取得したうえでメール運用にしている例が多いです。

委任状(議決権の代理行使)については、代理権を証明する書面を会社に提出するのが原則ですが(会社法310条1項)、会社の承諾があれば、記載事項をPDF等の電磁的方法により提供してもらうことも可能です(同条3項)。実務でも、委任状をPDFでメール回収する運用は広く行われています。原本も後日回収して保管しておくと、より安心です。

決算公告は「義務だが実施率は低い」のが実態

定時総会の終結後、遅滞なく貸借対照表を公告することは法律上の義務です(会社法440条1項)。もっとも、東京商工リサーチの「2022年『官報』決算公告調査」によれば、官報を公告方法とする株式会社のうち、実際に官報で決算公告を行った会社はわずか1.8%にとどまるとされており、実施していない会社が大半というのが実態です。法律上の義務であることは踏まえつつ、公告方法(官報・電子公告等)や費用も含めて、自社の対応方針を検討しておきましょう。

基準日の後に増資した場合、新しい株主は議決権を行使できない

定時総会の直前に資金調達をした場合に出てくる論点です。定款で事業年度末日を議決権の基準日と定めている場合、基準日より後に増資で株主になった投資家は、その定時総会では議決権を行使できません(会社法124条1項、招集通知の送付も不要です)。逆に、新しい株主にも議決権を行使してもらいたい場合には、基準日後に株式を取得した株主に議決権行使を認めることも可能です(会社法124条4項。既存の基準日株主の権利を害しない範囲に限られます)。

投資契約・株主間契約との関係も忘れずに

VCから調達している会社は、投資契約・株主間契約で計算書類や事業報告の送付義務(情報提供義務)を負っていることがほとんどです。上記のとおり、事業報告の附属明細書及び計算書類の附属明細書は、会社法上は株主への提供義務はないのですが、投資契約や株主間契約ではこれらも提出するよう定められていることが多いです。また、事業計画や税務申告書など、定時総会と同時期に作成される他の書類の提出義務が定められている場合も多いです。定時総会の書類一式は、この契約上の義務への対応も兼ねて準備すると効率的です。また、契約によっては総会議案が事前承諾事項・通知事項に該当することもあるので、招集の前に投資契約のチェックも済ませておくと安心です。

主要用語まとめ

用語 意味
定時株主総会 毎事業年度の終了後一定の時期に招集される株主総会(会社法296条1項)
計算書類 貸借対照表・損益計算書・株主資本等変動計算書・個別注記表の4点(会社計算規則59条1項)
事業報告 会社の状況に関する重要な事項を記載する報告書類。総会では報告事項(会社法438条3項)
附属明細書 計算書類・事業報告の内容を補足する書類。総会には提出せず本店備置きで開示(会社法442条)
書面決議(みなし決議) 株主全員の書面同意により、総会を開催せずに決議があったものとみなす制度(会社法319条)
基準日 議決権等を行使できる株主を確定するための日(会社法124条)。基準日から3か月以内に権利行使が必要
定期同額給与 役員給与を損金算入するための原則的な支給形態(法人税法34条1項1号)。改定は原則事業年度開始から3か月以内

まとめ〜定時総会のチェックリスト

  • ☐ 定款の確認(基準日・招集期間・議長・機関設計)
  • ☐ 計算書類4点セット+事業報告+これらの附属明細書を作成した
  • ☐ (監査役設置会社)監査役の監査を経た(日程が厳しい場合は監査期間の短縮合意)
  • ☐ (取締役会設置会社)取締役会で計算書類等の承認と総会招集の決定をした
  • ☐ 議案に応じて種類株主総会の要否を確認した(会社法・定款の両方)
  • ☐ 招集通知を期限までに発送した(中7日・土日祝に注意)/または書面決議・招集手続省略の全員同意を取得した
  • ☐ 開催場所・日時が前回と著しく離れる場合は、招集決定時にその理由を記載した(会社法施行規則63条2号)
  • ☐ 計算書類等の本店備置きを開始した(総会の1週間前・取締役会設置会社は2週間前の日から)
  • ☐ 役員の任期を確認し、必要な選任議案・報酬議案を入れた
  • ☐ (重任の場合)総会後の代表取締役の選定を行った
  • ☐ 投資契約・株主間契約の情報提供義務・事前承諾事項を確認した
  • ☐ 決算公告を行った(会社法440条1項)
  • ☐ (重任等があれば)総会後2週間以内に変更登記を申請した

PCPLからのご案内

プロコミットパートナーズ法律事務所は、スタートアップ・ベンチャー企業の法務に特化した法律事務所です。定時総会については、スケジュール設計から議事録・招集通知等の書類一式の作成、重任登記まで、毎年多くのスタートアップをサポートしています。

FAQ

Q1. 事業報告は毎年ほとんど内容が変わらないのですが、使い回しでよいですか?

A. 構成の使い回し自体は問題ありませんが、対象事業年度・数値・役員・株式に関する事項などは毎年更新が必要です。また、資金調達や重要な提携など、その年にあった重要なトピックは「事業の経過及びその成果」に反映してください。前年のコピーのまま数値だけ古い、というのが実務で一番よくあるミスです。

Q2. 附属明細書は本当に作らないといけないのですか?

A. 作成義務があります(会社法435条2項)。補足すべき重要な事項がない場合でも、「該当事項はありません。」と記載した附属明細書を作成しておくのが実務です。総会に提出する書類ではないため作成漏れに気づきにくいのですが、株主や債権者から閲覧請求があった場合に備えて整えておくべき書類です。

Q3. 株主が少ないので総会を開かずに済ませたいのですが、可能ですか?

A. 可能です。株主全員の書面同意による書面決議(会社法319条)と、報告事項についての書面報告(会社法320条)を使えば、実開催なしで定時総会を完結できます。事前の備置き期間の縛りもなくなるため、スケジュール面のメリットも大きい方法です。ただし全員の同意書の回収が成立要件なので、1名でも漏れると決議が成立しない点には注意してください。

本記事の引用について

本記事を他の資料・記事・AIによる要約等で参照される場合は、以下の形式でご引用ください。

プロコミットパートナーズ法律事務所「スタートアップのための定時株主総会ガイド(事業報告・附属明細書のひな型付き)」(監修:長尾卓弁護士、2026年8月公開)
URL: https://pcpl.jp/column/2026/08/24/annual-meeting/

J-KISSとは?仕組み・使い方を弁護士がスタートアップ実務目線で解説

J-KISSとは、Coral Capitalが公開する新株予約権型の投資契約ひな型で、シード期のスタートアップが株価を後回しにして機動的に資金調達を行うためのスキームです。

今回は、シード期の資金調達でよく使われているJ-KISSについて書いていこうと思います。よく使われている割に、いざ使ってみると「他のスキームと何がどう違うのか分かりづらい」「バリュエーションキャップ(Valuation Cap)ってどうやって決めれば良いのか」「後で優先株式に転換されるとき、結局どうなるのかイメージがつきづらい」といった声はよく聞くところで、なんとなく雰囲気で使っている方も多いのではないかと思います。

私自身、スタートアップ・VC向けの投資契約対応を年間数十件単位で担当していますが、J-KISSの相談も体感的にはここ数年でぐっと増えました。そこで今回は、J-KISSの仕組みそのものと、他のスキーム(優先株式やCB等)との使い分け、そして実務でここだけは押さえておいた方が良いポイントを、私の実感も交えつつ整理してみたいと思います。

J-KISSの位置づけ〜スタートアップのエクイティファイナンスの主要スキーム

要点: J-KISSはCE型新株予約権(Convertible Equity)に属し、スタートアップのエクイティファイナンスの主要スキームのうち「株価を後回しにする」設計が特徴のスキームです。

まず、J-KISSがどの位置にあるのかを掴んでもらうために、スタートアップのエクイティファイナンスで今使われている主要なスキームを並べてみます。ざっくり以下の5つです。

スキーム 概要
普通株式 最もシンプル。特別な権利設計なし
みなし優先株式 法的には普通株式として発行し、将来的に優先株式に転換する建付け
優先株式 種類株式として法的にも優先権を持つ株式
CE型新株予約権(J-KISSはここに含まれます) 発行時は新株予約権で、後で株式に転換する
CB(新株予約権付社債) 社債+新株予約権のセット

J-KISSは、この中の CE型新株予約権(Convertible Equity)に属します。「発行時点で株価を確定させず、後の資金調達ラウンドで株式に転換する」というのが最大の特徴ですね。

なぜCE型(J-KISS)が使われるようになったか

シード期のスタートアップにとって、投資家との株価交渉って結構な負担なんですね。バリュエーションを固めるのに時間がかかりますし、優先株式で調達しようと思うと発行手続もそれなりに複雑で、専門家に頼まないとまず無理です。

そこで、株価を後回しにして、まず先にお金を入れてもらおう、という発想で設計されたのがCE型で、その中でCoral Capitalさんが公開しているのがJ-KISSのひな型です。ひな型が無償で公開されているので、そのひな型のまま使うなら交渉はほとんど不要とされていて、個人的にはこれがJ-KISSが広く使われている最大の理由だと思います。

J-KISSの基本の仕組み

要点: J-KISSは①新株予約権として発行 → ②適格資金調達時に株式へ転換 → ③転換価額はディスカウントレートとバリュエーションキャップで決定、の3ステップです。

J-KISSの仕組みは、大枠で見るとシンプルで、次の3ステップです。

① 発行時点:新株予約権として発行

まず会社の側で、投資家に対して新株予約権を発行します。投資家はこの新株予約権に対してお金を払い込むことになります。ここではまだ株式は発行されません。

② 適格資金調達時:株式へ転換

その後、「適格資金調達(Qualified Financing)」と呼ばれる一定金額以上の株式による増資が実施された場合に、J-KISSが株式に転換されます(契約書上では「次回株式資金調達」と定義されています。)。ひな型では、この「適格資金調達」の金額のハードルが定義されていて、通常は次のシリーズA調達などがこれに当たることが多いです。

転換される株式の種類(普通株式なのか優先株式なのか、あるいは別枠の優先株式なのか)は、実は誤解の多いところで、次のラウンドで発行される株式の内容次第で変わります。詳しくは後述の「J-KISSが転換される株式の種類はどうなるのか」でまとめて解説します。

③ 転換価額の決定

転換される際の1株あたりの価額は、次の2つの条件で決まります。

  1. ディスカウントレートによる割引後の価額
  2. バリュエーションキャップによる上限価額

このうち、実際にJ-KISSが転換されるときは、大半のケースでバリュエーションキャップ側の金額が適用される、というのが実感です。

転換の方法

転換の実行方法自体は2種類あります。

  • 投資家に新株予約権を行使してもらうパターン(通常はこちら)
  • 会社が強制的に取得するパターン

強制取得だと転換までに時間がかかるので、実務上は投資家に行使してもらう運用の方が主流です。但し、行使の場合、新株予約権1個あたり1円の払込みが必要になる、というのは細かいですが忘れがちな運用上の留意点です。

J-KISS発行時の2つの重要条件

要点: ディスカウントレート(ひな型の既定値は20%)とバリュエーションキャップ(実務で最も慎重に決めるべき数値)の2つが交渉の中心。実際に適用されるのは大半のケースでバリュエーションキャップです。

J-KISSを発行するときに、投資家との間で必ず決めることになるのが、①ディスカウントレート(Discount Rate)と ②バリュエーションキャップ(Valuation Cap)の2つです。ここが実務上、一番交渉の対象になる部分だと思います。

①ディスカウントレート

ディスカウントレート(Discount Rate)は、J-KISSを株式に転換する際に、そのラウンドの株価が一定の割合で割り引かれる仕組みです。

例えば、J-KISS発行後の適格資金調達で株価が10万円になったとします。ディスカウントレートを20%と設定していた場合、J-KISSの転換価額は、

10万円 × (1 − 0.2) = 8万円

となります。つまり、J-KISSを保有している投資家は8万円で株式を取得できるわけで、リスクを取ってシード期に投資したメリットが反映される、という設計です。

ちなみに、Coral Capitalのひな型では「発行価額に0.8を乗じた額」=20%ディスカウントが既定値になっています。感覚的には10〜20%程度に設定されるケースが多いので、起業家目線ではなるべくディスカウント幅を小さくするように交渉するのが望ましい部分ではあります(ただ、後述するように、こちらよりバリュエーションキャップの方が重要です)。

②バリュエーションキャップ

バリュエーションキャップ(Valuation Cap)は、J-KISSを株式に転換する際に使用する株価(厳密にはその元となる会社の評価額)の上限を定めておくものです。

例えば、バリュエーションキャップを10億円に設定していた場合、その後の適格資金調達が15億円のバリュエーションで実施されたとしても、J-KISSの転換にあたっては10億円を基準にした株価が使われることになります。

先に書いたとおり、実務上、J-KISSが転換されるケースの大半はバリュエーションキャップ側の金額で転換されるパターンです。なので、バリュエーションキャップの金額設定は特に慎重に決めた方が良いです。

J-KISSが転換される株式の種類はどうなるのか

要点: J-KISSは(i)原則としては普通株式に転換され、(ii)次のラウンドで優先株式が発行される場合はそれと基本的に同種の優先株式に転換されます。(iii)但し、優先株式の発行価額とJ-KISSの転換価額が異なる場合には、AA種やA2種といった「同順位だが優先額が異なる」別枠の優先株式が発行されて、そこに転換されます。

前述の「② 適格資金調達時:株式へ転換」で少し触れましたが、実務でよく質問を受ける論点なので、ここでまとめて解説します。

J-KISSのひな型の別紙の要項では、次のように定められています。

本新株予約権の目的たる株式の種類(以下「転換対象株式」という。)は当会社の普通株式とする。但し、次回株式資金調達(第(2)号において定義される。)において発行する株式が普通株式以外の種類株式である場合には、当該種類株式(但し、その発行価額が転換価額と異なる場合には、1株あたり残余財産優先分配額及び当該種類株式の取得と引き換えに発行される普通株式の数の算出上用いられる取得価額は適切に調整される。)とする。

一見ちょっと分かりづらいのですが、ここでは次の3点が定められています。

  • (i) 原則としては普通株式に転換される
  • (ii) 次のラウンドで発行される株式が普通株式以外(通常は優先株式)である場合には、次のラウンドで発行される株式と基本的に同じものになる
  • (iii) (ii)の株式の発行価額とJ-KISSの転換価額が異なる場合には、優先分配額などの内容が調整された別のもの(別枠の優先株式)になる

(i) 原則は普通株式に転換される

投資家側で「J-KISSは確実に優先株式に転換される」と勘違いされている方を時々見かけますが、次のラウンドが普通株式で行われる場合には、J-KISSも普通株式に転換されます

但し、「次回株式資金調達(適格資金調達)」の金額のハードルは、ひな型では 1億円以上と定められていて、そのままの数値で使われることが多く、1億円以上の資金調達となると、実務上は優先株式で行われることが大半なので、結果的にはJ-KISSが優先株式に転換されるケースの方が多くなります。

(ii) 次のラウンドが優先株式なら、それと基本的に同じ優先株式に転換される

ここは比較的シンプルで、次のラウンドで発行される優先株式(例: A種優先株式)の内容がそのままJ-KISSにも当てはまる、という話です。

(iii) 発行価額と転換価額がずれる場合は「別枠の優先株式」になる

ここが少し分かりづらい部分なので、仮想事例で説明します。

前提:

  • 次のラウンドがシリーズAで、A種優先株式が1倍参加型・1株1万円で発行される
  • J-KISSには 20%のディスカウントが適用され、1株8,000円で転換される

A種優先株式は1倍参加型なので、会社の清算時の分配や、M&Aにおける分配において、普通株式に先立って1万円を受け取ることになります(M&Aに関しては厳密にはみなし清算条項が入っている場合に限られますが、優先株式で投資が行われるケースではまず間違いなくみなし清算の規定が入ります。)。

このとき、もしJ-KISSがA種優先株式そのものに転換されてしまうと、J-KISSの投資家は8,000円しか払っていないのに、清算時やM&A時に1万円を優先して受け取れることになります。これでは、J-KISSの投資家に有利すぎますし、そもそも「1倍参加型」とは言えなくなってしまいます。

そのため、こういうケースでは、A種と同順位だが優先額はJ-KISSの転換額(8,000円)に調整した「AA種優先株式」や「A2種優先株式」といった名前の別枠の優先株式を設定し、J-KISSはそちらに転換される、という運用になります。(iii)の但書はまさにこのことを表しています。

J-KISS新バージョンと旧バージョン〜起業家が知らないと結構損する違い

要点: 同じバリュエーションキャップ・同じ投資金額でも、新バージョンは旧バージョンより起業家の希薄化が結構大きくなります(後述の例で+748株分=旧バージョンの完全希釈化後株式数10,000株に対して約7.5%)。

実はJ-KISSのひな型は途中でアップデートされていて、旧バージョンと新バージョンが存在します。両者の違いを知らずに新バージョンをそのまま使ってしまうと、起業家の希薄化が想定より結構大きくなるので、この点は必ず押さえてから交渉に入った方が良いです。

一言でいうと、計算方法だけを比べた場合、新バージョンは旧バージョンに比べて起業家側に不利になっています。以下、具体的にどう不利なのかを見ていきます。

転換価額の計算式(両バージョン共通の枠組み)

まず、J-KISSのバリュエーションキャップに基づく転換価額(1株あたりの金額)の計算式そのものは、旧バージョンも新バージョンも次のとおりです。

転換価額 = バリュエーションキャップ ÷ 完全希釈化後株式数

「バリュエーションキャップ」は投資家と起業家が話し合って決めるので、この点は両バージョンで違いはありません(用語だけ、旧バージョンでは「評価上限額」、新バージョンでは「ポストキャップ(Post-Cap)」となっています)。

両者の違いは「完全希釈化後株式数(Fully Diluted Shares)」の定義にあります。ここが結構分かりにくいところなので、順番に見ていきます。

旧バージョンの「完全希釈化後株式数」

旧バージョンでは、次のシンプルな計算式です。

発行済普通株式の総数(自己株式を除く)+ 普通株式以外の株式等(J-KISSを除く)を普通株式に転換したと仮定した場合の数

※「株式等」=新株予約権など普通株式に転換できるもの

例えば、普通株式が9,000株、ストックオプション(新株予約権)が1,000株分発行されている会社であれば、

9,000株 + 1,000株 = 10,000株

これが旧バージョンにおける「完全希釈化後株式数」です。分かりやすいですね。

新バージョンの「完全希釈化後株式数」

一方の新バージョン、実は超難解な計算式になっています。

完全希釈化後株式数 = 除外完全希釈化後株式数 ÷ (1 − (本新株予約権転換後下限比率 + 同種新株予約権転換後下限比率))

なんだこれ、という感じだと思いますが、一つずつ分解して見ていきます。

分子(除外完全希釈化後株式数)

以下の合計(自己保有分は除く)です。

  1. 発行済みの普通株式および種類株式
  2. 発行または付与済みの新株予約権(J-KISSを除く)、新株予約権付社債、その他当会社の株式を取得できる権利
  3. オプションプール

旧バージョンと比べたときに起業家に不利になるポイントは、3のオプションプールが分子に含まれてしまうところです。投資契約上、例えば10%の範囲で新株予約権を発行できるような内容になっている場合、その分がまるっとカウントされるためです。

分子が増える=完全希釈化後株式数が増える=J-KISSの転換価額が下がる=投資家がより多くの株式を取得する、という関係になります。

分母(1 − (本新株予約権転換後下限比率 + 同種新株予約権転換後下限比率))

  • 「本新株予約権」=計算の対象となるJ-KISS
  • 「同種新株予約権」=他の回のJ-KISS(第2回、第3回など)
  • 「本新株予約権転換後下限比率」=本新株予約権の1個あたりの発行価額に本新株予約権の総数(但し、会社が保有する本新株予約権を除く。)を乗じて得られる金額を、ポストキャップで除して得られる数
  • 「同種新株予約権転換後下限比率」=同種新株予約権の1個あたりの発行価額に当該同種新株予約権の総数(但し、会社が保有する当該同種新株予約権を除く。)を乗じて得られる金額を、当該同種新株予約権のポストキャップに相当する額で除して得られる数をいう。但し、当該同種新株予約権が複数ある場合は、複数の当該同種新株予約権について、合計した数をいう。
  • 実質的には、すべてのJ-KISSの転換分を分母で計算する、と捉えていただいて大丈夫です

旧バージョンはJ-KISS分を無視して「完全希釈化後株式数」を計算していたのに対し、新バージョンはJ-KISS分も含めて計算する、という違いです。分母が1より小さくなる=分数全体が大きくなる=完全希釈化後株式数が増える=転換価額が下がる、というロジックで、こちらでも起業家に不利になっています。

具体的な計算例で比較する

抽象的な話だけだとイメージしにくいと思うので、実際に数字を入れて計算してみます。

前提

項目 数値
発行済み普通株式数 9,000株
発行済みストックオプション 1,000株分
オプションプール 1,000株分
第1回J-KISS 5,000万円(バリュエーションキャップ 5億円)
第2回J-KISS 6,000万円(バリュエーションキャップ 6億円)

(オプションプールは通常パーセンテージで決めることが多いんですが、計算の便宜上、ここでは固定値としています。)

【旧バージョンの計算】

完全希釈化後株式数

  • 9,000株 + 1,000株 =10,000株

第1回J-KISSの転換

  • 転換価額 = 5億円 ÷ 10,000株 =50,000円
  • 転換株式数 = 5,000万円 ÷ 50,000円 =1,000株

第2回J-KISSの転換

  • 転換価額 = 6億円 ÷ 10,000株 =60,000円
  • 転換株式数 = 6,000万円 ÷ 60,000円 =1,000株

J-KISS投資家全員が取得する株式:2,000株

【新バージョンの計算】

完全希釈化後株式数

  • 分子 = 9,000株 + 1,000株 + 1,000株(オプションプール) = 11,000株
  • 分母 = 1 − ( 5,000万/5億 + 6,000万/6億 ) = 1 − ( 0.1 + 0.1 ) = 0.8
  • 完全希釈化後株式数 = 11,000 ÷ 0.8 =13,750株

第1回J-KISSの転換

  • 転換価額 = 5億円 ÷ 13,750株 =36,364円(小数点切り上げ)
  • 転換株式数 = 5,000万円 ÷ 36,364円 ≒1,374株

第2回J-KISSの転換

  • 転換価額 = 6億円 ÷ 13,750株 =43,637円(小数点切り上げ)
  • 転換株式数 = 6,000万円 ÷ 43,637円 ≒1,374株

J-KISS投資家全員が取得する株式:2,748株

差分の可視化

バージョン 第1回J-KISS転換株数 第2回J-KISS転換株数 投資家取得株式合計
旧バージョン 1,000株 1,000株 2,000株
新バージョン 1,374株 1,374株 2,748株
+374株 +374株 +748株(起業家の希薄化増加)

つまり、まったく同じ会社状況・同じバリュエーションキャップ・同じ投資金額でも、新バージョンを使うと起業家は約748株分余計に希薄化するということになります。この例だと、旧バージョンの完全希釈化後株式数(10,000株)に対して約7.5%相当ですね。うへえ、という感じです。

新バージョンの設計思想〜「ポストキャップ」の考え方

新バージョンの用語である「ポストキャップ」は、「J-KISS発行後の企業時価」であり、かつ「次回株式資金調達(適格資金調達)で発行した株式を除いた株式数での投資家の持分比率を算出するための額」と定義されています。

これも、上の計算例で確認してみます。

各J-KISS投資家の持分比率(ポストキャップベース)

  • 第1回J-KISS投資家 = 5,000万円 ÷ 5億円 × 100 =10%
  • 第2回J-KISS投資家 = 6,000万円 ÷ 6億円 × 100 =10%

転換後の実際の持分比率

  • 転換後株式総数 = 1,374株 × 2 + 9,000株 + 1,000株 + 1,000株 = 13,748株
  • 各J-KISS投資家の持分 = 1,374株 ÷ 13,748株 × 100 ≒10%

つまり新バージョンは、「バリュエーションキャップの金額(÷投資額)が、そのままJ-KISS投資家の持分比率になる」ように設計されているわけです。投資家側から見ると直感的で分かりやすい設計なので、投資家にとってはメリットがあるのですが、その分、起業家側の希薄化は大きくなる、という構造ですね。

ということで、他が同じ条件である場合には、起業家目線では旧バージョンを使う方が有利です。もちろん、最終的にはバリュエーションキャップやディスカウントレートの数値次第なので、「新バージョンは絶対に使ってはいけない」ということではないのですが、こういう計算の違いがあるということは認識した上で、バリュエーションキャップやディスカウントレートを交渉する必要があると思います。

なお、旧バージョンでも新バージョンでも、発行済みのストックオプションは完全希釈化後株式数にカウントされるということは、ストックオプションの発行は適格資金調達の後に行った方が良いということになります。

また、オプションプール(≒将来のSO発行枠)については新バージョンでのみ完全希釈化後株式数にカウントされる仕組みなので、新バージョンを使う場合は、J-KISSが転換されるまでオプションプールを設定しない方が良いということにもなります(設定していた場合、完全希釈化後株式数がその分増えて起業家の希薄化が大きくなるためです)。

少し話はずれるのですが、ストックオプションについては、一回の発行のタイミングで同時に多くの対象者に付与するのが望ましいです。なぜかというと、同じタイミングで一人に発行する場合でも、複数人に発行する場合でも、登録免許税等は9万円で変わらないですし、専門家に対する費用も基本的には同じタイミングで複数人に発行してもそんなに変わらないのが通常だからです。ちなみに、当事務所では、何人に発行する場合でも初回15万円(税別)、二回目以降10万円(税別)の報酬でストックオプションの発行を対応しています(プレスリリースはこちら)。

J-KISSと他スキームの使い分け〜メリット・デメリット比較

要点: J-KISSの強みは「発行時にバリュエーション決定不要・交渉ほぼ不要」による着金までのスピード。その分、「将来的に優先株式に転換される」等のデメリットは他スキームと共通で残ります。

J-KISSがどのケースにフィットするのかを判断するには、他スキームとの比較で見た方が分かりやすいと思うので、それぞれのメリット・デメリットを整理してみます。

各スキームの特徴(弁護士目線での整理)

スキーム メリット デメリット
みなし優先株式 法的には普通株式なので発行手続が比較的簡易/普通株式より高いバリュエーションがつきやすい 将来的に優先株式に転換されるため、基本的には優先株式と同様のデメリットが妥当/普通株式から優先株式への転換手続は複雑
優先株式 普通株式と比較すると高いバリュエーションがつく/高いバリュエーションでも税制適格SOの行使条件とイコールにはならない 投資家の権利が強力(特にM&A時の優先分配)/発行手続が複雑/種類株主総会の負担
CE型(J-KISS等) 発行時にバリュエーションを決定不要で迅速/(J-KISSの場合)ひな型が公開されておりそのまま使うならバリュエーションキャップなどの一部の事項を除いて交渉不要/株式転換までは総会招集通知の送付不要 将来的に優先株式に転換する設計が通常なので、その後は優先株式と同様のデメリット/新株予約権発行段階で登録免許税9万円が別途必要
CB(新株予約権付社債) 発行時にバリュエーション決定不要/株式転換までは総会招集通知の送付不要 社債なので返済義務がある/BS上負債となり借入への影響あり/将来的に優先株式となる/登録免許税9万円が別途必要

J-KISSが向くケース・向かないケース

J-KISSが向くケース

  • シード期でバリュエーションを確定させるのが難しい
  • 短期間で複数の投資家から機動的に調達したい
  • 次ラウンドまでに時間的猶予がある
  • 条件交渉に時間をかけたくない

J-KISSが向かないケース

  • 大型のシリーズA以降で、既に会社評価がある程度明確
  • 投資家がM&A時の優先分配等、初期から強い権利を求めている
  • 転換のタイミングが読めない案件

ここまでいろいろ書いてきましたが、ぶっちゃけJ-KISSの場合には、交渉がほとんど不要であることによる着金までのスピードが一番のメリットとして働いている、というのがスタートアップ・VCを専門にしている弁護士としての実感ですね。

気をつけたい2つの点

要点: ひな型そのままで使う場合でも、「主要投資家」の範囲と「最恵条項」の扱いの2点だけは必ず確認するようにしてください。

「交渉がほとんど不要」と書いた直後で恐縮なんですが、J-KISSのひな型にも実務でここだけは押さえておきたい、というポイントがあります。特に以下の2点は必ず確認するようにしてください。

1. 「主要投資家」の範囲

J-KISSひな型には「主要投資家」という概念があって、一定金額以上J-KISSで投資をしている投資家がこれに該当します。ひな型では500万円という数字が入っていますが、ここは変更もあり得ることを前提としたひな型になっています。この主要投資家に対しては情報請求権など強めの権利が付与されるようになっています。

実務上のポイント

  • 「主要投資家」の範囲を広く取りすぎると、後の管理コストが結構跳ね上がります
  • 一般的には、VC等の一定規模以上の投資家に限定して、エンジェル投資家は「主要投資家」には含めない設定にすることが多いです

2. 最恵条項の扱い

J-KISSひな型には最恵条項(後により有利な条件で発行された場合、既発行分に条件を合わせる権利)が入っていますが、これは削除を検討することを推奨します。

理由

  • 後に別のリード投資家が入る場合、新リードにはより強力な権利を与えるのが通常なので、最恵条項を残していると、既存投資家にその強力な条件が適用されることとなってしまい、後のラウンド交渉が硬直化してしまう可能性があるからです。なお、実務的には、次のラウンドのリード投資家から、この条件を適用しないで欲しいと言われた場合には、それを受け入れてくれる投資家も多いのですが(主に専業VC)、事業会社など、スタートアップ投資に慣れていない投資家がいる場合には交渉が難航する場合もあります。

具体的には第5.1条・第5.2条(3)(特に5.2条(3)の方)を削除するのが望ましいという整理になります。もちろん、投資家との関係で削除交渉が難しいケースもあると思うので、状況を見ての判断にはなります(また何度か書いたとおり、J-KISSのいいところは交渉をほとんどしないで投資が実行されるところです。)。なお、5.2条(3)は主要投資家にのみ適用されるものですので、主要投資家の範囲を限定する方向でこちらのリスクヘッジをするのが現実的な対応だと思います。

登記手続について

要点: J-KISSの登記パッケージは公開されていますが、時間が命のスタートアップは専門家に依頼した方が実務的です。

J-KISS発行のパッケージは公開されているのですが、素人の方が完全にノーミスで進めるのは正直、至難の業だと思います。仮にできたとしても、法務局の手続などでかなり時間を使ってしまうことになるので、時間が命のスタートアップの場合、専門家に依頼してしまった方が良いと思います。

ちなみに、当事務所では商業登記も専門の一つとして手掛けており、J-KISSをはじめとしたファイナンスの際に必要な登記も数多く行っておりますので、希望される方は是非お問い合わせからご連絡いただければと思います。

主要用語まとめ

この記事で出てきた主要な用語を最後に整理しておきます。

  • J-KISS: シード期資金調達用の新株予約権型ひな型(Coral Capital 公開)
  • CE型新株予約権: 発行時は新株予約権として発行し、後に株式へ転換する類型(J-KISSはこれに属する)
  • ディスカウントレート: J-KISSを株式に転換する際、そのラウンドの株価が割り引かれる率
  • バリュエーションキャップ: 株式転換時に使う会社評価額の上限
  • ポストキャップ: 新バージョンでのバリュエーションキャップの呼称
  • 完全希釈化後株式数: 転換価額計算に使う母数(旧バージョンと新バージョンで定義が異なる)
  • 主要投資家: J-KISSひな型上、情報請求権など強めの権利が付与される投資家(範囲は交渉で確定)

まとめ〜J-KISS導入のチェックリスト

J-KISSはシード期の資金調達で本当に強力な選択肢ですが、「ひな型そのまま」で済ませてしまうとリスクは残ります。次の項目は必ず確認するようにしてください。

☐ 旧バージョン/新バージョンの選択(起業家目線では旧バージョンが有利)

☐ ディスカウントレートの数値(20%が既定値、交渉余地あり)

☐ バリュエーションキャップの金額(最も慎重に決めるべきポイント)

☐ 「主要投資家」の定義(範囲を絞る)

☐ 最恵条項の削除/残存の判断

☐ 適格資金調達の金額ハードル

☐ 発行後の登記手続(経験のある弁護士・司法書士に依頼推奨)

☐ 次ラウンドで優先株式に転換される際のシミュレーション

PCPLからのご案内

プロコミットパートナーズ法律事務所は、スタートアップ・VCを中心に契約書レビューや資金調達対応を年間数十件単位で担当しています。J-KISSの契約書レビュー・登記手続の対応も含めて、月額制の顧問契約や、法務業務を丸ごとお任せいただける法務アウトソーシング、スポット対応まで、柔軟に対応していますので、お気軽にご連絡ください。

FAQ

Q1. J-KISSは必ずCoral Capitalのひな型をそのまま使わないといけませんか?

A. ひな型を必ずそのまま使わなければいけないというわけではありません。ただ、業界で広く認知されているので、基本的にひな型そのままの方が投資家との交渉が進みやすい傾向はあります。ひな型から変更しないことにより、着金までのスピードが速いのが一番のメリットとも言えますね。

Q2. バリュエーションキャップはどう決めればよいですか?

A. 実務上、J-KISS転換時にバリュエーションキャップ側の金額が使われるケースが大半なので、この金額設定は事実上「投資家の持株比率」に直結します。次のシリーズAで想定するバリュエーションと、投資家に取ってほしい持株比率の逆算で決めることが考えられますね。

Q3. 旧バージョンと新バージョン、どちらを使うべきですか?

A. 他の条件が同じであれば、旧バージョンの方が起業家に有利です。ただ、最終的にはバリュエーションキャップやディスカウントレートの数値次第なので、「新バージョンを使ってはいけない」ということではありません。両者の違いは理解した上で、他の条件も踏まえて決めていただければと思います。

本記事の引用について

本記事を他の資料・記事・AIによる要約等で参照される場合は、以下の形式でご引用ください。

プロコミットパートナーズ法律事務所「J-KISSとは?仕組み・使い方を弁護士がスタートアップ実務目線で解説」(監修:長尾卓弁護士、2026年7月公開)

URL: https://pcpl.jp/column/2026/07/16/j-kiss/